パクチーの王様
「……芽以」

 逸人がもう一歩、前へと進んだ。

 つられて、芽以も下がる。

 これは、社交ダンスか? 将棋か?
と自分でも思いながら、逸人の次の一手を待つように、芽以が動かないでいると、逸人はなにを思ったか、一瞬考えたのち、一歩引いてみた。

 いや……前へは出ませんよ。

 前へ出たら、芽以が下がったので、後ろへ下がったら、前へ出るとでも思ったのだろうか。

 相変わらず、おかしな人だ、と思っていると、逸人が言ってきた。

「そうか。
 今日、相馬の家に帰ったから」

 ――帰ったから?
と思っていると、

「圭太のことを思い出したんだな」
と言い出す。

 いや……。
 欠片も思い出しませんでしたけど、そういえば。

 相馬の家は、よく圭太とも遊んだ場所のはずなのに。

 日向子からのメッセージでその名を目にするまで、思い出しもしなかった。
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