パクチーの王様
『逸人、芽以と結婚してくれ』
オープン前のまだ誰も居ない静かな店内の厨房で、ひとり、白いまな板の上のパクチーを見つめて思索に耽ふけっていた逸人の許に、そんな阿呆な電話がかかってきたのは、わずか小一時間前のことだった。
とるんじゃなかった……と思いながら、逸人はスマホに向かって言う。
「お前、錯乱してるだろ」
だが、兄、圭太はただ、莫迦みたいに同じ言葉を繰り返している。
……やはり、錯乱しているようだ、と思う。
まあ、ずっと思い詰めていたようだからな。
この間、甘城日奈子《あまぎ ひなこ》との結婚が決まり、圭太が跡継ぎになることが、正式に承認された。
満場一致とはいかず、あのあと、こちらに接触してくるものが、かえって増えたりもしたが。
それでも、仕事に関しては、圭太は本気で覚悟を決めているようなことを言っていた。
……が、この件に関しては、まったく覚悟が決まっていなかったようだ。