パクチーの王様

 写真が雑誌に出て、逸人さんが人気になって、浮気して―― まで、妄想が広がっていたからだ。

「えーっ。
 なんでですか?
 
 もったいないー」
とボブの髪にゆるくパーマをかけた女性の方が言ってくる。

「せっかくイケメンシェフなんだから、前面に出して売り出したらいいのにー」

「そ、そんなことしたら」

 逸人さんが人気になって、浮気して……

「離婚してしまいますっ」

「は?」

 ああ、いや、まだ、結婚してないけどさ、と思う芽以の後ろから逸人がやってきて、
「すみません。
 まだ店の体制が整っていないので。

 お話、ありがとうございました」
と言って、さらりと断ってくれた。

 よ、よかった、と思う芽以の前で、女性の方が、
「えーっ。
 残念ですー。

 私、パクチー好きなんですよねー。

 この店にみんな来てくれたら、パクチー好きが増えるかと思ったのにー」
と言い出す。

 芽以の頭の中では、何故か、荒廃したこの町の中をゾンビがパクチーを求めて彷徨《さまよ》いながら、増えていた。
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