パクチーの王様

 逸人には、安藤が圭太に難癖つけているわけではないことはわかっていたと思う。

 人の好意のわからぬ人ではないから。

 ……私の好意はあんまりわかってくれてないみたいだが。

 未だに圭太の方が好きだったんじゃないかとか、隙あらば、疑い始めるからな、と芽以が思ったとき、安藤が笑って言ってきた。

「いやあ、実は私、パクチー好きで。

 若いとき、出張でタイに行ってハマってしまったんですよ。

 逸人さんの作る料理気になって気になって」

 ほんとはずっと来たくて仕方なかったんです、と言う。

「いやあ、美味しかったです。
 私、パクチーの匂いを嗅ぐと懐かしくてですね。

 子どもの頃、田舎で育ったので。
 よくみんなで、指にカメムシの匂いつけて、鬼ごっこして遊んでたんですよー」

 ひっ、と芽以は息を呑んだ。

「好きな子をわざと追い回したりとかね」
と安藤は子どものように笑ったあとで、

「いや、ほんとに美味しかったです。
 また来ます」
と言う。

 逸人は、パクチーモヒートをご馳走すると言って、奥へと入っていった。
< 549 / 555 >

この作品をシェア

pagetop