mirage of story
二人は一歩進み出て、開けたその空間へと踏み入れる。
先程、シエラの意識に流れ込んできた優しい花の香りが―――このレイリスという花の香りが一気に濃さを増すのが分かる。
まるで別の空間のよう。
二人を取り巻く空気は一歩踏み入れたその瞬間から、完全に一歩前とは別のものへと切り替わった。
―――......。
「........」
「どうかしたのか?」
取り巻く空気。花の香り。
そして目に映るこの美しい光景に、隣から感じる温かい人の気配。
キンッと頭に一瞬衝撃が駆け抜けて、シエラの中にまた違和感と記憶が同時に蘇る。
「私―――前にも何度か此処に来たことがあると言ったでしょう?
何度かと言っても片手で数えられてしまうくらいだけど。
その記憶の殆どが一人で来た記憶なんだけど......一度だけ、たった一度だけ私は誰かと一緒に居た。
あの時だけは、確かに此処で私は誰かの隣に居たの......」
記憶に引っ掛かる違和感と心に掛かる靄。
今まではそんな時、余計な心配は掛けたくはないとライルには黙っていた。
そもそも原因さえも自分自身で分からないもの、彼に話したところで困らせるだけだと思った。
「―――前。
そう炎に包まれた村の中で貴方に再会したあの日。
敵として貴方と相対してしまった私はその誰かと一緒に逃げた。
それからその翌日、私を追う貴方から逃れるためこの地を再び発つ前に、一緒にこの場所へ来た。
覚えている.....ちゃんとそれは覚えているの。とてもはっきりと」
だけれど今回の違和感は何故だかいつもよりも鮮烈で、自分自身の中だけにはどうしても留めておくことが出来なかった。
だから初めて、彼に言った。
彼に、ライルに自分の内にあるこの違和感を初めて告げる。
違和感の残る日の記憶。
そう、シエラのあの日の記憶には今とは違う形でライルも存在していた。
だから、この記憶でなら彼ともこの違和感を共有出来ると思った。
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