mirage of story
(此処は.......)
突然に現れた森を見渡して、それから少女はハッとする。
あるはずの、隣に在るはずのもう一つの影がない。
周りをいくら見渡してももうあの少年の姿はない。
ただ、少女が少年と手をつないでいたはずの手の中には一つの静かに輝きを放つ指輪が握られている。
それ以外は何もない。
その手を少女は二三度結んでは開いて、それからその指輪を見つめてふと思った。
「......私は....誰?」
少女には分からなかった。
此処はどこなのかが。
そして自分が誰で、どうして此処に居るのかも。
自分の存在についての何もかもが、少女の中から欠落していた。
まるで心にぽっかり穴が相手しまったよう。
記憶のジグソーパズルのピースがバラバラに散ってしまったように、思い出すことが出来ない。
頭が、頭が凄く痛い。
その痛みの中でただ覚えているもの。
それはあの少年が風と共に言った言葉。
『――――生きろ、シエラッ!』
(....シ....エラ?)
少女はあの少年が最後に自分に放っただろう不思議な言葉を心の中で呟いた。
知らない言葉。
聞いたこともない言葉。
なのに......どうしようもなく涙が出た。
(.......私、何で泣いているのかな?)
その場に残されたのは『シエラ』という言葉と少年が握ってくれた手の温もりだけ。
その残された温もりを抱いて、少女は静かに目を閉じた。