mirage of story
此処で自分がこの闇と誘惑から逃げ出せることが出来れば、世界が終わることはないのだろう。
禁忌を犯した自分は別だが、他の者達は何も変わることなくそこに今ある運命のままに歩んでいくのだろう。
予め神が用意した運命のまま、何も変わることはないのだろう。
だが、もう無理だ。
その人にはどうしても叶えなければならない願いがある。
世界を犠牲にしてでも、引き下がることが出来ない望みがある。
選択肢の中に、闇を受け入れず願いが叶わないままの未来を選ぶ選択肢は無かった。
「私と.....契約を。
だが少しの猶予を、ほんの少しだけ私にこの子を見守る時間をもらいたい。
そのあとでなら、この身の全てを創黒の竜―――貴方に捧げよう」
微かに動いたその人の口から零れた言葉は、その小ささとは裏腹に何度も虚空に響いた。
しとしと雨が降っていた。
その雨の一粒一粒にその声が染み渡り、大地に落ちていった。
"―――――契約、成立だ"
暫くの沈黙。
その後に、闇が答えた。
生暖かい嫌な風が雨に湿る大地を駆け巡る。
世界の大地に、闇と人との契約が刻まれた瞬間だった。
生暖かい風の中で闇が笑い、そしてその気配は空間に溶け込むように消えてく。
........。
その瞬間、その人は糸が切れたように地面にうなだれる。
それは後悔か。
それとも、喜びか。
それも判らぬ間に、雨降りしきる静寂な空間に天まで突き抜けるような赤子の泣き声が響き渡った。
何も知らない、どこまでも純粋で真っ白な声だった。
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