mirage of story
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それから暫くの時を経て、あの雨の日に腕に抱かれていた赤子は一人の可愛らしい少年になった。
少年はあの日のことを何も知らなかった。

そしてあの日、闇に願ったその人は立派な父親になっていた。
父はその息子に、あの日のことを何も告げはしなかった。




ただ何処にでも居るような幸せな親子の姿。
父と子、そして母。

世界に溢れるような当たり前の光景が、そこにはあった。







家族に囲まれて育つ少年は心から幸せそうだった。

隣で笑ってくれる父と母。
少年はずっとずっと一緒に居られると、何も疑いもしないで信じていた。





少年は知らなかったから。

この幸せな時が、そう長くは続かないことを。
隣で笑う両親の笑顔の裏には、大きな哀しみがあるということを。
哀しく過酷な運命の上に、自分が立っているということさえ。

少年は知らなかったから、だから心から笑いこの幸せが永久であることを信じて居られた。















でも、時は待ってはくれない。

少年が感じる幸せな時が続く最中、ついに終止符を打たなければならぬ時がやって来た。









──────待って......行かないで。




とうとう時が来た。
少年の笑顔が泣き顔に変わって、必死に走る。




パタパタパタ.....。
裸足で追い掛ける小さな息子の足音は、大きく深く父の心を抉った。

お父さん。
そう弱々しく呼ぶ声が抉られた心に鋭く凍みる。








訪れた時が意味するのは、哀しい別れ。
もう二度と、父と子としてこの世界で相見ることは出来ない。

そしてそれを、愛する息子は知らない。









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