君が夢から覚めるまで
「…高校ん時の、大好きだった人の事?」
「…手を繋いで歩いた河川敷、お喋りが尽きなかった喫茶店、何度もキスした小さな公園、彼を待つ生徒会室…私にはどれも大切過ぎて、なかったことになんて出来なかった。…仕方ないじゃない…忘れられないんだもん…」
ぱたた…と涙が手の甲に落ちる。
こんな姿、怜には見られたくない…。
そう思うのに、涙が止まらない。
そして気付く。
今でも彼を忘れてない事を…。
「…けど、香帆ちゃんは誰かを傷付けたりはしなかったんだろ?」
「…だから逃げたの…」
「?」
「何も思い出さない、思い出のないところへ逃げたの。それが私が東京の大学へ来た理由…」
桃華の話をしていたのに、どうして自分の話にすり替わってしまったのだろう…。
桃華を他人事だとは思えなかったから…?
「ごめん…出よ…」
怜に手を引かれて店を出た。
ごく自然に手を繋がれ、怜の後ろを歩く。
「もう、思い出す事もない、なんて言ってたのに、まだ好きだったんだね、その人のこと…」
「…桃華ちゃんが自分と重なっただけだよ。もうそんなことないから…」
無理に笑って見せようとした。
怜より年上の自分がこんな情けない姿を見せてはいけない、と。
クイッと手が強い力で引き寄せられ、怜の胸の中に飛び込んでしまった。
そのまま怜は優しく抱き締めた。
「…何で…笑ってんの?…涙が出るぐらいまだ辛いんじゃないの?辛いなら辛いって言えばいいじゃん」
「で、でも私、年上だし、怜君のカテキョの先生…」
「そんなの今は関係ないだろっ‼︎」
怜の腕に力がこもる。
「泣きたい時は泣けばいい」
「でも」
「ゴチャゴチャ言うな!泣け‼︎」
ぶわっと涙が溢れてきた。
「…ごめんね…」
香帆は怜の胸を借りて静かに泣いた。
その間、怜は優しく頭を撫で続けてくれた。
怜の胸は広くて、暖かくて…少しだけ昔を思い出していた。
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