君が夢から覚めるまで
ここ一週間以上、香帆は怜と都合が合わず、会えない日が続いた。
正直、ホッとしてる部分もあった。
今日は昼過ぎから雨が降っていた。
それは夜まで降り続き、ラストまでバイトをしていた香帆が帰る頃には嵐に近かった。
「ひゃ〜もうべちょべちょ!」
アパートの階段を駆け上がると香帆の部屋の前に人が座り込んでるのが見えた。
怖くなって後ずさるとビュッと強い風が吹いて雨が叩きつけられる。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴を漏らすと、それに気付いた人影が見えこちらを向く。
「香帆か?」
「…亮…君?」
聞き覚えのある声にホッとして近付く。
「どうしたの?こんなとこで」
「これ…返そうと思って…」
亮がポケットから取り出したのは、亮の部屋に忘れて来たヘアクリップだった。
「そんなの…捨てても良かったのに…」
「お前のヤツ、勝手に捨てるわけにいかないだろ。それに…この間のことも誤りたくて…」
そうだった…思い出した。
あの時、酔ってるフリをした亮に襲われたのだった…。
怒ってないわけじゃない。
だが、なんとなくそれを許してしまっていた。
「濡れてんじゃん。中入って、すぐ乾かすから」
いつからここに居たのだろう。
亮はかなり濡れていた。
亮の服を乾燥機にかける。
「ごめん、着替えないや…」
「怜の服とか無いの?」
「ないよ」
「何で?」
「怜君は…ここに来た事ないから」
「あ、そ…」
亮はバスタオルを腰に巻き付けてるだけだった。
その姿にドキッとしてしまった。
「何今更照れてんの?」
「別に照れてなんかないよ。ちょっとびっくりしただけ」
香帆はキッチンに立ちお湯を沸かし始めた。
「…ご飯…食べた?」
「いや…」
「たいしたもんないけど食べる?」
「うん、食べたい…」
疲れて帰って来た時は…と言うか、最近はずっとチャーハンばかりだった。
それを亮は嬉しそうに平らげた。
「久々の香帆のメシ、やっぱうめぇな」
「ありがと」
香帆はフフッと笑った。
この間襲われたばかりでまた同じ事をされないとは限らない。
けど、追い出す気にもなれなかった。
何故だろう…怜の時とは違う何かを感じる。
「香帆…」
「なに?」
チャーハンのお皿を下げ、熱いお茶を出す。
「その…この間は本当にすまなかった。確かに酔ってはいたよ。けど、自分が何してるか分からないほどじゃなかったし。ただ、香帆に触れたかった…それだけ。本当、ごめん…」
亮は頭を下げた。
「…うん…」
「許してくれ、なんて言わないけど…お前の今の男が怜っていうのが納得出来ない」
「納得出来ないとか言われても、困るよ。だって、それが現実なんだもん…亮君、彼女は?」
「いないよ」
「そう…私…嫌われたのかと思ってた」
「は?」
漸く亮が顔を上げる。
「私が振られたのも、襲われたのも、私の事が嫌いだからと」
「そんな訳ねぇだろ‼︎」
亮が大声を上げて、香帆はビクッとした。
「あ、ごめ…。お前と別れたのは…お前の事が好き過ぎて苦しかったからだよ」
「苦しかった?」
「お前の本当の気持ちが分からなくて…そう不安になってる時にお前が寝言で『カズマ』って言ったんだよ…。前の男だろ?俺、気が狂いそうになってさ…このままじゃ香帆を傷付けるって思ったから、別れようって思ったんだ…」
「知らなかった…和馬の名前を口にしてたのも知らなかったし、不安にさせてたのも知らなかった…。本当、ごめんなさい…」
香帆は静かに頭を下げた。
「けど、亮君の事はちゃんと好きだったよ…」
亮が一瞬驚いた顔をして、フッと笑った。
「初めてだな、香帆に好きって言われるの。どうせなら付き合ってる時に言って欲しかったよ。そしたら不安になる事も無かったかもしれない…」
「私…言葉が足りなかったんだね…」
「正直さ、後悔してる。こんな風に再会するなら、怜の女になるなら何であの時別れちゃったんだろうって…」
「もう、過去の事よ」
「過去、ね」
フーッと亮が溜息を吐く。
「怜とは上手く行ってる?」
「ん、まあボチボチ…」
「なんだそりゃ?…何で怜ここに来ないんだ?来たがらないのか?」
「ううん。来たいって言うよ。…けど、何となく…ここは私のプライベートだから…」
言ってから自分の矛盾を感じた。
プライベートだから、ここに来て欲しくない…。
なのに、亮は今、ここにいる。
「お前さ…怜の事、どう思ってる?」
「どうって…」
「好きかどうか聞いてんだよ」
「…好き…だよ…」
「それは男としてか?」
「…」
香帆は答えられなくなった。
怜の事は好きだ…。
じわっと目尻が熱くなるのを感じ、亮に背を向けた。
「…好きだもん…」
「ごめん…悪かった…」
亮が後ろからそっと抱き締めてきた。
香帆は下唇をグッと噛み涙が溢れるのを堪えた。
正直、ホッとしてる部分もあった。
今日は昼過ぎから雨が降っていた。
それは夜まで降り続き、ラストまでバイトをしていた香帆が帰る頃には嵐に近かった。
「ひゃ〜もうべちょべちょ!」
アパートの階段を駆け上がると香帆の部屋の前に人が座り込んでるのが見えた。
怖くなって後ずさるとビュッと強い風が吹いて雨が叩きつけられる。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴を漏らすと、それに気付いた人影が見えこちらを向く。
「香帆か?」
「…亮…君?」
聞き覚えのある声にホッとして近付く。
「どうしたの?こんなとこで」
「これ…返そうと思って…」
亮がポケットから取り出したのは、亮の部屋に忘れて来たヘアクリップだった。
「そんなの…捨てても良かったのに…」
「お前のヤツ、勝手に捨てるわけにいかないだろ。それに…この間のことも誤りたくて…」
そうだった…思い出した。
あの時、酔ってるフリをした亮に襲われたのだった…。
怒ってないわけじゃない。
だが、なんとなくそれを許してしまっていた。
「濡れてんじゃん。中入って、すぐ乾かすから」
いつからここに居たのだろう。
亮はかなり濡れていた。
亮の服を乾燥機にかける。
「ごめん、着替えないや…」
「怜の服とか無いの?」
「ないよ」
「何で?」
「怜君は…ここに来た事ないから」
「あ、そ…」
亮はバスタオルを腰に巻き付けてるだけだった。
その姿にドキッとしてしまった。
「何今更照れてんの?」
「別に照れてなんかないよ。ちょっとびっくりしただけ」
香帆はキッチンに立ちお湯を沸かし始めた。
「…ご飯…食べた?」
「いや…」
「たいしたもんないけど食べる?」
「うん、食べたい…」
疲れて帰って来た時は…と言うか、最近はずっとチャーハンばかりだった。
それを亮は嬉しそうに平らげた。
「久々の香帆のメシ、やっぱうめぇな」
「ありがと」
香帆はフフッと笑った。
この間襲われたばかりでまた同じ事をされないとは限らない。
けど、追い出す気にもなれなかった。
何故だろう…怜の時とは違う何かを感じる。
「香帆…」
「なに?」
チャーハンのお皿を下げ、熱いお茶を出す。
「その…この間は本当にすまなかった。確かに酔ってはいたよ。けど、自分が何してるか分からないほどじゃなかったし。ただ、香帆に触れたかった…それだけ。本当、ごめん…」
亮は頭を下げた。
「…うん…」
「許してくれ、なんて言わないけど…お前の今の男が怜っていうのが納得出来ない」
「納得出来ないとか言われても、困るよ。だって、それが現実なんだもん…亮君、彼女は?」
「いないよ」
「そう…私…嫌われたのかと思ってた」
「は?」
漸く亮が顔を上げる。
「私が振られたのも、襲われたのも、私の事が嫌いだからと」
「そんな訳ねぇだろ‼︎」
亮が大声を上げて、香帆はビクッとした。
「あ、ごめ…。お前と別れたのは…お前の事が好き過ぎて苦しかったからだよ」
「苦しかった?」
「お前の本当の気持ちが分からなくて…そう不安になってる時にお前が寝言で『カズマ』って言ったんだよ…。前の男だろ?俺、気が狂いそうになってさ…このままじゃ香帆を傷付けるって思ったから、別れようって思ったんだ…」
「知らなかった…和馬の名前を口にしてたのも知らなかったし、不安にさせてたのも知らなかった…。本当、ごめんなさい…」
香帆は静かに頭を下げた。
「けど、亮君の事はちゃんと好きだったよ…」
亮が一瞬驚いた顔をして、フッと笑った。
「初めてだな、香帆に好きって言われるの。どうせなら付き合ってる時に言って欲しかったよ。そしたら不安になる事も無かったかもしれない…」
「私…言葉が足りなかったんだね…」
「正直さ、後悔してる。こんな風に再会するなら、怜の女になるなら何であの時別れちゃったんだろうって…」
「もう、過去の事よ」
「過去、ね」
フーッと亮が溜息を吐く。
「怜とは上手く行ってる?」
「ん、まあボチボチ…」
「なんだそりゃ?…何で怜ここに来ないんだ?来たがらないのか?」
「ううん。来たいって言うよ。…けど、何となく…ここは私のプライベートだから…」
言ってから自分の矛盾を感じた。
プライベートだから、ここに来て欲しくない…。
なのに、亮は今、ここにいる。
「お前さ…怜の事、どう思ってる?」
「どうって…」
「好きかどうか聞いてんだよ」
「…好き…だよ…」
「それは男としてか?」
「…」
香帆は答えられなくなった。
怜の事は好きだ…。
じわっと目尻が熱くなるのを感じ、亮に背を向けた。
「…好きだもん…」
「ごめん…悪かった…」
亮が後ろからそっと抱き締めてきた。
香帆は下唇をグッと噛み涙が溢れるのを堪えた。