ローマの部屋 ~ 溺愛草食男子はゲイでした
あの日の合コンでは、文子の計らいで席替えが行われ、私はマー君の隣に座ることができた。自己紹介して彼のエメラルド色がかった大きな瞳をじっと見つめると、彼は意外にも目をそらさず、私を見つめ返してきた。むしろ私の方がどきまぎして、思わず視線をそらしてしまった。
そんな私の小さな無礼もまるで面白いことのように、彼は口許に子供のような微笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んだ。
むむ・・・ なかなかやるな・・・
その瞬間、私は恋に落ちた。
自分で言うのもなんだが、私は分類されるなら、肉食系に属していると思う。これまでも自分が好きになった男を積極的に追いかけてきた。好きになられるより、好きになる方が、スリルがあってわくわくする。その気持ちは獲物を追う肉食獣に例えられるのがぴったりだと思った。だいたい、私を好きになるような男は、たいてい私の好みにはそぐわないんだもの。私は、言ってはなんだけど、まずイケメンでなくてはいけないの。
マー君はその点、合格。それにしても彼、可愛い ・・・。
いつも恋愛には積極的なこの私が、男の顔からつい視線を逸らしてしまうなんて、いつもならありえないことなのに。
「私、山崎真美です・・・文子さんと同じ会社に勤めています」
やっとのことでそう言うと、彼はにっこりと笑い、
「矢島正之です。文子さんの後輩で、大学院に通っています」
と自己紹介した。
彼は周囲の人々から、マー君と呼ばれていることはもう知っていた。この合コン会場で彼を見つけてから、私の意識はずっと彼に集中していたのだから。
マー君と私は、ありきたりな自己紹介からお互いのことを手探りするように話始めた。マー君によると大学時代の専攻は油絵だったが、大学院では美術修復をやっていると言った。
マー君の歯並びは白く美しく、笑うと右側の八重歯が見えて、愛嬌に花を添えていた。
「美術修復って、例えばどんな?」
私の大学時代の専攻は経済で、美術はまったく畑違いだったが、今の仕事がデザインに関係があるので、美術全般に興味があった。何より、彼の話をもっと聞きたかった。それには彼の勉強の話が一番だと思ったのだ。
「修復といっても色々あって、古い建築物やオープンスペースを手がけるのもあるんだけど、僕今勉強しているのは、油絵やフレスコ画の修復なんです」
「へえ。それじゃ、仏像や陶器を修復している人もいるわけね」
「そうですよ。家具なんかも。美的・歴史的価値があって、物質的側面がある物が修復の対象になるんです」
「素敵だわ。じゃ、古い物が好きなのね」
彼はうなずいた。
「自分でもずっと絵を描いてきたんだけど、でもこれまでの人間の歴史が作り上げてきた美術品にはとてもかなわない。とてもあんな作品作れないという思いが日に日に強くなって、それでしまいには、あ、じゃ、それらを修復して未来へ遺すという仕事も面白いかな、って」
「謙虚なのね」
なんだか彼に似合っている。
「いやぁ・・・ 本当に好きなんですよ、子供の頃から、絵を描いたり、眺めたりするのが」
そう言うと彼はまた目をくるりとさせて微笑んだ。
その瞳に私は、本当にハートを射抜かれてしまった!
「矢島君、可愛いでしょ。もう真美は彼のそばに張り付いていたんだから」
翌日の職場で、開口一番文子に言われた。
「うん、彼すごく可愛い・・・ 私、恋しちゃったみたい」
こと恋愛沙汰に関しては、彼女と私の仲で、隠し事などないのだ。
「わかる、わかる。彼は真美のタイプだと思っていたからね」
文子は両手を腰に当てて、まるで何かを成し遂げたときのように自信たっぷりに笑った。
「やっぱり文子は私のことをよく知っているわ。・・・ ねえ、矢島君、ええい、もうマー君でいいよね、彼は付き合っている人とかいるのかな」
実は昨夜から、それが一番気がかりだった。文子なら何か知っているはず。
「あは、もし彼女がいる、って言ったらどうするつもり?」
私の落胆はすぐに顔に出てしまう。
「冗談よ。彼女がいるからって、狙った男を簡単にあきらめることができるあんたじゃないでしょ?」
文子は笑った。
「でも、がっかりはするよ・・・」
と私が言うと、文子はますますおかしげに笑った。
「私が知っている限りでは、矢島君に彼女はいない。というか、彼女らしき人がいたことはないはず」
「へえっ」
私の表情が明るく輝いたのを見て、文子は続けた。
「もちろん、彼を好きになった女子学生はいたけど、友達以上にはならなかったみたい。矢島君とどうやったらもう一歩踏み込んだ付き合いができるのか、っていう後輩の相談にのったこともあるわ」
「へえ、どうやったらいいの?」
私がつい身を乗り出すと、文子はその勢いに引いた。
「それが、私にもよくわからないのよ。彼は恋愛に積極的なタイプではないわね。ああいうのが草食系っていうんだろうね」
「ふうん」
いくら草食系だからって、何も食べずに生きていられるはずがない。
私はそう信じていた。私の真剣な顔を見て、文子は苦笑した。
「最近は無食系というのもいるらしいよ」
「彼ってちょっと変わった人みたいね。でも私は興味津々なの。連絡先をもらったから、これからがんばってみるわ」
文子に高らかにそう宣言した。彼女もガッツポーズを作った。
「応援するからがんばって! 私の後輩と同僚がくっついたら、おめでたいことだわ」
それからの私は、どうやってマー君にアプローチするかを真剣に考えた。
文子の仲介のおかげで、まずは三人で飲みに行き、それから二人だけで美術館へ行く約束を取り付けた。
彼の尊敬する先輩がそこでちょうど展覧会を開いていたからだ。
(続く)
そんな私の小さな無礼もまるで面白いことのように、彼は口許に子供のような微笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んだ。
むむ・・・ なかなかやるな・・・
その瞬間、私は恋に落ちた。
自分で言うのもなんだが、私は分類されるなら、肉食系に属していると思う。これまでも自分が好きになった男を積極的に追いかけてきた。好きになられるより、好きになる方が、スリルがあってわくわくする。その気持ちは獲物を追う肉食獣に例えられるのがぴったりだと思った。だいたい、私を好きになるような男は、たいてい私の好みにはそぐわないんだもの。私は、言ってはなんだけど、まずイケメンでなくてはいけないの。
マー君はその点、合格。それにしても彼、可愛い ・・・。
いつも恋愛には積極的なこの私が、男の顔からつい視線を逸らしてしまうなんて、いつもならありえないことなのに。
「私、山崎真美です・・・文子さんと同じ会社に勤めています」
やっとのことでそう言うと、彼はにっこりと笑い、
「矢島正之です。文子さんの後輩で、大学院に通っています」
と自己紹介した。
彼は周囲の人々から、マー君と呼ばれていることはもう知っていた。この合コン会場で彼を見つけてから、私の意識はずっと彼に集中していたのだから。
マー君と私は、ありきたりな自己紹介からお互いのことを手探りするように話始めた。マー君によると大学時代の専攻は油絵だったが、大学院では美術修復をやっていると言った。
マー君の歯並びは白く美しく、笑うと右側の八重歯が見えて、愛嬌に花を添えていた。
「美術修復って、例えばどんな?」
私の大学時代の専攻は経済で、美術はまったく畑違いだったが、今の仕事がデザインに関係があるので、美術全般に興味があった。何より、彼の話をもっと聞きたかった。それには彼の勉強の話が一番だと思ったのだ。
「修復といっても色々あって、古い建築物やオープンスペースを手がけるのもあるんだけど、僕今勉強しているのは、油絵やフレスコ画の修復なんです」
「へえ。それじゃ、仏像や陶器を修復している人もいるわけね」
「そうですよ。家具なんかも。美的・歴史的価値があって、物質的側面がある物が修復の対象になるんです」
「素敵だわ。じゃ、古い物が好きなのね」
彼はうなずいた。
「自分でもずっと絵を描いてきたんだけど、でもこれまでの人間の歴史が作り上げてきた美術品にはとてもかなわない。とてもあんな作品作れないという思いが日に日に強くなって、それでしまいには、あ、じゃ、それらを修復して未来へ遺すという仕事も面白いかな、って」
「謙虚なのね」
なんだか彼に似合っている。
「いやぁ・・・ 本当に好きなんですよ、子供の頃から、絵を描いたり、眺めたりするのが」
そう言うと彼はまた目をくるりとさせて微笑んだ。
その瞳に私は、本当にハートを射抜かれてしまった!
「矢島君、可愛いでしょ。もう真美は彼のそばに張り付いていたんだから」
翌日の職場で、開口一番文子に言われた。
「うん、彼すごく可愛い・・・ 私、恋しちゃったみたい」
こと恋愛沙汰に関しては、彼女と私の仲で、隠し事などないのだ。
「わかる、わかる。彼は真美のタイプだと思っていたからね」
文子は両手を腰に当てて、まるで何かを成し遂げたときのように自信たっぷりに笑った。
「やっぱり文子は私のことをよく知っているわ。・・・ ねえ、矢島君、ええい、もうマー君でいいよね、彼は付き合っている人とかいるのかな」
実は昨夜から、それが一番気がかりだった。文子なら何か知っているはず。
「あは、もし彼女がいる、って言ったらどうするつもり?」
私の落胆はすぐに顔に出てしまう。
「冗談よ。彼女がいるからって、狙った男を簡単にあきらめることができるあんたじゃないでしょ?」
文子は笑った。
「でも、がっかりはするよ・・・」
と私が言うと、文子はますますおかしげに笑った。
「私が知っている限りでは、矢島君に彼女はいない。というか、彼女らしき人がいたことはないはず」
「へえっ」
私の表情が明るく輝いたのを見て、文子は続けた。
「もちろん、彼を好きになった女子学生はいたけど、友達以上にはならなかったみたい。矢島君とどうやったらもう一歩踏み込んだ付き合いができるのか、っていう後輩の相談にのったこともあるわ」
「へえ、どうやったらいいの?」
私がつい身を乗り出すと、文子はその勢いに引いた。
「それが、私にもよくわからないのよ。彼は恋愛に積極的なタイプではないわね。ああいうのが草食系っていうんだろうね」
「ふうん」
いくら草食系だからって、何も食べずに生きていられるはずがない。
私はそう信じていた。私の真剣な顔を見て、文子は苦笑した。
「最近は無食系というのもいるらしいよ」
「彼ってちょっと変わった人みたいね。でも私は興味津々なの。連絡先をもらったから、これからがんばってみるわ」
文子に高らかにそう宣言した。彼女もガッツポーズを作った。
「応援するからがんばって! 私の後輩と同僚がくっついたら、おめでたいことだわ」
それからの私は、どうやってマー君にアプローチするかを真剣に考えた。
文子の仲介のおかげで、まずは三人で飲みに行き、それから二人だけで美術館へ行く約束を取り付けた。
彼の尊敬する先輩がそこでちょうど展覧会を開いていたからだ。
(続く)