愛と夢と…
プロローグ
「笹本先生、来週の授業参観で何を扱うか決めたんですか?」
「器楽の単元なのでピアノ曲を扱おうかとは思ってるんですが…まだ曲は考え中です。」
「そうですか、初めての参観ですもんね。頑張って!」
学年主任の先生に励まされながら学校を後にする。
私の名前は笹本愛菜、23歳。
今春に大学を卒業し、母校である高校に音楽教師として赴任したばかりだ。
赴任してまだ2週間だというのに来週末には初めての授業参観が行われる。
やっと授業の流れを掴めてきたという頃だけど、正直まだ人に授業を見てもらうほどの実力なんてまるでない。
授業参観の事を考えるだけで気持ちがドッと落ち込んでしまう。
へとへとになりながら自宅マンションのドアを開ける。
本当はメイクも落とさずそのままベッドにダイブしたいぐらいだが、なんとか思い留まる。
早いとこ授業参観で扱う曲を決めなくてはならない。
私は一応(?)音楽教師なので、クラシック曲をはじめ色んなジャンルの曲をCDで持っている。
高校時代から集めはじめ、今や数百枚のCDを大きな棚に保管しているのだが、そこからいくつか取り出してみた。
「どれがいいかなぁ…」
授業では、ピアノ曲を数曲聴かせて鑑賞させる計画でいる。
どんな曲だと生徒たちは興味を持って聴いてくれるだろう。
そして、1枚のCDをスピーカーにセットする。
とりあえずランダムで何曲か聴いてみるか。
温かいコーヒーを準備し、ソファに座る。
部屋も間接照明にして雰囲気を作ってみたりした。
スピーカーが動き始める音がする。
一曲目は何かな。
瞳を閉じてそのときを待っていると。
「…この曲」
流れはじめたピアノの音が、私の胸にさざなみを起こした。
「愛の夢だ……」
それは、6年前の春。
桜の花びらが舞い散る季節に巡りあった、淡く切なくも美しい恋の物語である。
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