愛と夢と…
そっと唇が離れた。
どちらからともなく小さな吐息が漏れる。
吉沢くんの瞳は伏し目がちで憂いを帯びている。
…私たちは何をやってるのだろう。
「…笹本さん、俺のこと好きなの?」
吉沢くんが小さく掠れた声で呟いた。
その声に私の身体がピリッと震えた。
「分からない。でも、吉沢くんのこと知りたいとは思う。」
「他人に興味ないんじゃなかったっけ?」
「吉沢くんには興味ある。でも干渉されるの嫌いだもんね。」
「嫌いだよ。でも、笹本さんなら良い。何でか分かんないけど。」
「吉沢くん、私のこと好きなの?」
「それは分からない。」
バカなのか、私たちは。
好きかどうかも分からない相手とキスをして。
でもなぜか、吸い寄せられらように近づいてしまった。
いくら私の心が拒否したとしても体が勝手に吸い寄せられてしまうような感覚だった。
「初めて話したとき。保健室で。覚えてる?」
「覚えてるよ。」
「あのときのキスのこと何で何も聞いてこないの?」
「ええ?なにそれ。何で私が聞くの?そっちから弁明すべきでしょう。私がどれだけ悩んだか…」
「そうだったの?ごめん。何も言ってこないから気にしてないかと思ってた。」
「そんなわけないじゃんバカ。」
やっぱり吉沢くんは変わっている。
不思議な人だ。
「衝動だったんだ。笹本さん見たらしたくなった。俺自身、欲望のままに動いた自分に引いたけど。」
「…意味わかんない。」
とは言いつつ、今の私には否定することはできない。
私だってさっき吉沢くんに惹かれてキスしちゃったし。
「好きじゃないのにキスしたくなるなんてあるんだって驚いた。今も、なんか笹本さん見てたらしたくなった。」
「私も。今は私も"したい"って気持ちになったよ。」
「なんか変だね、俺たち。」
「うん。」
私が吉沢くんに抱いてる気持ちは、多分恋愛的なものとはまた違う。
そして、吉沢くんが私に抱いてる気持ちもまた違うと思う。
この気持ちは何なのだろう。
私はこれからも吉沢くんにキスしたいとか思ってしまうのだろうか。
私の目線には吉沢くんの肩がある。
そのあたりを何となくじーっと見つめていると。
「ちょっと、2人とも何してるの?」
声のした方を見ると、
音楽科の先生が扉の前に驚いた表情のまま立っていた。
「今は授業中だよ。一体どうしたの?」
その言葉に驚き、慌てて時計を見た。
すると。
14時15分。
5時間目が始まってかなりの時間が経っていた。
やばい。
時間を忘れていた。
焦った私は咄嗟に吉沢くんの顔を見た。
彼は、何事もないといった様子で
小さく不敵な笑みを浮かべていた。