愛と夢と…

次の日は案の定、色んな意味で注目を浴びる1日となってしまった。

教室に入った途端、


「ちょっと!昨日のあれ何!?」

「やっぱ吉沢くんと付き合ってるの?」

「どういう関係??!」


女子たちに詰め寄られてしまった。

私たちがサボったのは5時間目だったため、
その後はすぐ下校時間だった。

そのため、こんな感じで私は登校一発目に囲まれている。


「どんな関係って…」


そんなの自分でもよく分からない。
自分でも分からないことを人に説明できるわけがない。

なんとか口を開こうと思うけれど、恐ろしく頭が働かない。
全く良い言い訳が思いつかない。

あまり黙りすぎてもかえって疑惑が大きくなるだけなのに。


チラッと女子たちの顔を見ると、みんな目を爛々と輝かせている。

…ああ、どうしよう。
答えのない問いと必死に戦っていると。


「おはよう、笹本さん。」


突然聞こえた声にギョッとする。


「よ、吉沢くん…?」


今まで挨拶なんてしたことなかったじゃんんんん!
急に何考えてんの!!!

女子たちも驚いたように吉沢くんを見ている。



「何これ、笹本さんこんな人気者だったっけ?」


私の後ろを通り過ぎながら、吉沢くんは物珍しそうに女子の集団を見ていた。


「いや、あのー…」


この状況をどう説明すれば良いのやら。
完全に思考停止状態だ。


「あーあれか。俺との疑惑かけられてる?」


再びギョッとした。
反射的に吉沢くんの方へ顔を向ける。


余計なこと言うんじゃないよ……!!!!

心の中で吉沢くんに念を送っていると。


「俺と笹本さん、何でもないからね。これが原因。」


そう言って吉沢くんが鞄から出したのは、創作劇の脚本。


「脚本できたんだって。俺らは曲作る関係で一足先に貰ったの。で、その事について色々話してたら時間忘れてた感じ。ほら、俺らを見つけたの音楽の山口先生だって言ってたでしょ?音楽室にいたんだ。実際にピアノ鳴らしてたから音楽室のチャイムの音切ってた。そしたら5時間目気づかなかったわけ。」



女子たちは目も口もかっ開いて驚いている。

そりゃそうだ。
普段はほぼ喋らずふらーっと教室からいなくなるような、ましてや女子とはもっと喋らず飄々としてる人がこんなに喋ってるのだから。

私だってこんなに喋り倒す吉沢くんを見たことがない。



「たぶん笹本さんは自分達だけ先に脚本持ってることを言うか言うまいかで悩んだんだと思う。だからすぐに説明できなかったんじゃないかな。でしょ、笹本さん?」

「そうそう!実はこれ、まだ確定版ではないみたいなんだけど、一足先に貰ったの。だから言って良いのか迷っちゃった。」



保健室での一件でも思ったけど、
本当に吉沢くんはデタラメがうまい。

この人、本当は世渡り上手だと思う。
今のところ全然発揮されてないけど。


「というわけなんだ。だから俺たち疑惑かけられるような事ホントないから。誤解は解けた?」



"誤解は解けた?"

この時の吉沢くんの顔を、
私はある意味一生忘れないと思う。

見たこともないぐらいの爽やかな笑顔。
私はなぜか身震いすらしてしまった。


一方、私の目の前の女子たちはというと。


「うん!わかった!」

「吉沢くんがそう言うならそうだね。」

「笹本さんも突然ごめんね!曲楽しみにしてる!」


そして、みんな嬉しそうにニコニコしながら去っていった。

しばらく彼女たちの後ろ姿をじーっと目で追った。
その視線を今度は吉沢くんに移す。

目を細め、じーっと見つめる。


「…なに?」


そう言った吉沢くんは、いつもの如く気だるそうでぼんやりとした表情に戻っていた。


「さっきのあれ、なに。」

「あれってなに。」

「爽やかすぎる笑顔のこと。」

「あー、あれね。」


そして、吉沢くんは「ふっ」と小さく笑った。


「俺って女子に人気あるって昨日笹本さん言ってたじゃん。んで思ったわけ。笑顔を向ければ全てはまるく収まるんじゃないか、ってね。そして、案の定収まったわけだ。感謝してほしいよ。」

「吉沢くんの登場には助けられたけど、あの登場の仕方なに?挨拶するような人間じゃないでしょ。」

「あれも含め演技だよ。俺の予想外すぎる言動にびっくりさせられれば、笹本さんへの注目がなくなるかなって思った。」


正直自分でも何してるんだろうって思った。

そう言って吉沢くんはほんの少し照れ臭そうに苦笑いをした。


あ、人間っぽい。
こんな表情もするんだ。


「せっかくそんなに綺麗な顔してるんだからもっと笑えば良いのに。作り笑顔じゃなくてね。」

「俺だって笑いたいことがあれば笑うよ。ただ、普段そんなに感情動くこともないから笑うこともない。」

「ふーん。まあ、私もあんま人のこと言えないか。」

「笹本さんだって綺麗なんだからもっと笑えば?」

「その冗談ほんとやめて。吉沢くんみたいな人に言われると悲しくなる。」


綺麗とか可愛いとか、生まれてこのかた言われたことない。
少なくとも自分の耳に入ってきたことはない。

彫刻のように整っていて端正で美しい顔をしている人に言われても全く信じられない。



「なんでそんな怒るかなぁ…」


はあ、と小さくため息をつき、
吉沢くんは気だるそうに机に突っ伏した。

私もムッとしたまま頬杖をついて教室の空間をボケーっと眺めていた。



…もっと素直になれたらどんなに良いんだろう。

私だって小さい頃からこんな性格だったわけじゃない。

もっと笑えば?
もっと素直になれば?

何回人に言われたことか____



「…菜。愛菜。」

「っ!あ、なに??」


何度か名前を呼ばれていたことに気が付かなかった。
チラッと横を見ると、となりの吉沢くんは相変わらず寝ている。



「なんかめっちゃかっこいい先輩が呼んでるけど。」

「え?」


クラスメイトが教室の入り口に視線を向ける。
私も同じように視線を向けると。


スラリと背の高い男子の先輩。
そしてその先輩を遠目から見てキャーキャー言う女子たち。

その先輩が私を見つけてひらひらと手を振った。



「あ、翔くん!」

「知り合い?」

「うん、教えてくれてありがとう。」

「はいよ〜」



髪を手ぐしで整えスカートのシワをさっと直す。

何となく隣を見ると、
机に伏せたまま私の方に顔を向けていた吉沢くんと一瞬目があった。

何となく気まずくてすぐに目を逸らし、入り口へ向かう。



「翔くん、どうしたの?」

「なんだよーふつうに元気じゃん。」


そう言って翔くんは私の頭をわしゃわしゃと搔き撫でた。


永田翔くんは私の一個年上で高校三年生。
小さい頃に住んでた家が隣同士で、いわゆる幼馴染のような存在だ。

中二の時に引っ越して翔くんの家とは隣同士ではなくなったけれど、私が引っ越しても翔くんとの関係は切れることがなかった。
辛いことや悲しいことがあると真っ先に翔くんに話していた。

私が心から素直になれる唯一の人といっても過言ではない。
ちょっとクールでぶっきらぼうなところがあるけど、お兄ちゃんのようでお父さんのようで友達みたいな大切な人なのだ。



「え?いつも通りふつうだけど?」



翔くんが私の教室を訪ねてきたのは今日が初めてだ。

それだけ余程心配なことがあったということかな。
私、なにかやらかした……??



すると、翔くんは少し周りをキョロキョロし、囁くような声で私に語りかけた。


「クラス中が噂になってた、吉沢歩夢と笹本愛菜が放課後仲良さげに歩いてたって。」

「クラス中って翔くんのクラス?」

「そう。お前、吉沢の人気知ってるだろ?」

「知ってるけど…そこまで人気なんだ。」

「多分学校中の女子が好きだろうね。だからお前いじめられてんじゃないかなーって思ってた。」

「ええ、なにそれ。そんなわけないじゃん。」


思わず少し吹き出してしまった。
そんなベタベタな状況になったらたまったもんじゃない。


「あとは変な男に囲まれたりもしてない?三年の男とか。」

「変な男?そんなの来てないけど。でもなんで?」



女子たちにいじめられてないかを心配するのは分かるけど、なぜ男の人に囲まれてるかどうかまで心配されるのだろう。


背の高い翔くんが私のことを上からじっと見下ろしている。
固まったままひたすらじっと見下ろされる。

何かを一生懸命考えるときの翔くんはいつも一点を見つめ固まってしまうのだ。



「お前、3年の間じゃ有名だよ?」



やっと重たい口を開いた翔くん。


「"笹本愛菜は超可愛い。"3年男子の共通言語みたいなもんだよ。」

「どういうこと?」

「愛菜は容姿のこと言われるの好きじゃないみたいだったから今まで言わなかったけど、正直お前が高校入学してから俺らの学年の男はそればっか言ってる。かわいいかわいいって。」

「でも、2年の男子たちは何も言ってこないよ。」

「そりゃ本人に言うわけないだろ。しかもお前、顔に見合わず性格かなりやばいから2年男子にはそれがバレてんじゃね?3年は幻想抱いてんだよ。」

「褒めるかディスるかどっちかにしてよ。」



初めて聞いた。
そんなこと今まで言われたことなんてなかった。

普通なら喜ぶべきことなんだと思う。
でも、翔くんの言ったとおり私は自分の顔が好きじゃない。



「顔は自分の才能じゃないからね。親の才能かな。」

すると翔くんは、


「言うと思ったよ。」


と、少し呆れたようにふっと笑った。



「まあ、だからさ、お前が吉沢と歩いてたって噂を聞いて女子たちが発狂するのと同じくらい男たちも発狂してたわけよ。それで、もし何かあったんならやばいなって思って様子見に来た。」

「そっか。それなら大丈夫だよ。誰も来てないし、女の子にいじめられてもない。それに私たち、あの日はホントたまたまだったの。連絡先も知らないぐらいなんだから。」



私が事情を説明すると、翔くんは「うん」と頷いた。


「もし何かあったらすぐ言えよ?」

「わかった、ありがとう。」

「じゃ、そういうことだから。急に悪かった。」



教室に戻る翔くんの背中を目で追う。
すると突然、くるりとこちらを振り返りつかつかと向かってきた。


「あのさ、1つ言い忘れてた。」

「ん?」

「吉沢。あいつには気をつけた方が良いよ。俺の友達でこの前、二分町に入っていくあいつを見たって奴がいるから。」


二分町というのは、私たちの高校から二駅ほど離れた町にある繁華街のこと。

そんなところに高校生が行くはずない。
何かの見間違いだろう。


「…いまいち信じられない。」

「信じられないなら良いよ。とにかく忠告はしたから。」


じゃあね、と言った翔くんは今度こそ教室へ帰っていった。


教室の入り口から吉沢くんの方がに目をやる。
相変わらず寝ている。


…吉沢くんと二分町。
全くイメージがつかないなあ。


私の頭はクエスチョンマークだらけだった。
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