愛と夢と…
昼休みの後すぐに私は音楽室の使用許可を先生から得た。
何もかも嫌にならないうちに、面倒くさくならないうちにやってしまうのが私のモットーである。
HR中隣で顔を伏せていた吉沢くんに音楽室のことを伝えると、声も出さず顔もあげずにただ軽く手をあげるだけの反応だった。
そして、HRが終わってもしばらく動く気配のない吉沢くんを置いて、私は一足先に音楽室に来ていた。
誰もいない音楽室。
音楽家たちに静かに見つめられているような何だか不思議な気分になる。
夜じゃないから怖くはない。
そっとグランドピアノの椅子に腰を下ろす。
鍵盤に指を一本ずつ丁寧に優しく置く。
ピアノを目の前にしたのは何年振りだろう。
鍵盤に指を置く感覚も久しぶりだ。
瞳を閉じる。
ピアノを弾いている吉沢くんの姿が真っ先に思い浮んだ。
あの姿は本当に綺麗だったな。
とても素敵だった。
小さく息を吸う。
そして、最初の一音が体にじんわりと響き渡った。
次に意識がはっきりしたとき、
真っ先に聞こえてきたのはぱちぱちと手の鳴る音だった。
音の先に視線を向けると。
「素敵だったよ。」
吉沢くんが壁に軽くもたれかかりながら静かに微笑んでいた。
「ありがとう。」
まさか聴かれてるとは思わなかったからかな。
それとも、吉沢くんの笑顔が素敵だったからかな。
なんだか少し、照れくさかった。
「愛の夢、でしょ。」
そう言いながら、吉沢くんはピアノに足を進める。
そして、私の隣に腰かけた。
このピアノの椅子は、2人がけの横に長いものなのだ。
「ねえ、もう一度弾いてくれる?」
「愛の夢を?」
「そう。」
私は鍵盤に再び指をを置いた。
最初の一音を大切に、愛の夢を奏でる。
ちらっと目を横に動かすと、
吉沢くんは静かに瞳を閉じていた。
閉じられた瞼から伸びる綺麗な長い睫毛。
透き通るような美しい肌。
きゅっと結んだくちびる。
教室にいるときは何とも思わないのに、
こうして音楽室で音楽に触れている吉沢くんはいつにも増して本当に美しい。
強く鋭い力で押したらパッと消えてなくなりそうなぐらい儚くて脆く感じる透明感なのに、どこか強い芯のようなものも感じる不思議な人。
その不思議な魅力に、私は確実に魅せられている。
最後の一音が音楽室に響いた。
吉沢くんがゆっくり瞳を開ける。
そして立ち上がり、ピアノの屋根にあたる部分に肩肘を乗せて私を捉えた。
「昔、俺がピアノを習ってた頃ね。凄いピアノを弾く人がいたんだ。技術もさることながら、人の心をグッと持っていく音を出すんだよ。その時に彼女が弾いてた曲が『愛の夢』だった。」
吉沢くんは、目を伏せて柔らかく笑った。
「すごく懐かしくなったなあ。久しぶりに人の弾く愛の夢聴いたから。」
「吉沢くん、聴いてるときすごく幸せそうだったもんね。」
「幸せオーラ滲み出てたかんじ?」
「うん。がんがん漏れてたよ。」
「そっか。」
今度は少し照れくさそうに笑った。
私の頭の中で突然火花が散った。
吉沢くんが音楽に触れているとき___
彼は美しいだけじゃない。
彼は音楽に触れている時、よく人間らしい様子を見せる。
…吉沢くんは、音楽がとても好きなんだ。
「てか笹本さん、すごいピアノ上手いね。今もやってるの?」
「もうやめちゃった。中1のときかな、ちょっと色々あってやめた。実はそれ以来まともに弾いたの今日が初めてなの。」
「…まじで?」
「うん、まじで。」
「だとしたら天才レベルでうまいね。」
「それは吉沢くんもんね。人を泣かせるピアノ弾けるなんて超天才レベルだね。」
私たちは2人で顔を見合わせて笑った。
幸せだな、と思った。
ピアノを弾くことも吉沢くんといることも。
久しぶりに感じた気持ちだった。
「吉沢くん。私、音楽室にいると素直になれる。この前みたいに泣いたり今日みたいに心から笑ったりしたの、本当に久しぶり。」
「素直になりすぎてキスまでしちゃうしね。欲望に貪欲にもなるのかな。」
意地悪な笑みを浮かべる吉沢くんをじとーっと睨む。
「うっさいなあ。吉沢くんだって音楽に触れてるとき、すごい人間っぽいよ?笑顔に心がこもってる。」
「だから、俺はそもそも人間だから。」
そんなことを言い合いながらも、私たちは楽曲制作に取り掛かった。
吉沢くんと2人で素敵な曲が出来上がる。
そんな予感がした。
何もかも嫌にならないうちに、面倒くさくならないうちにやってしまうのが私のモットーである。
HR中隣で顔を伏せていた吉沢くんに音楽室のことを伝えると、声も出さず顔もあげずにただ軽く手をあげるだけの反応だった。
そして、HRが終わってもしばらく動く気配のない吉沢くんを置いて、私は一足先に音楽室に来ていた。
誰もいない音楽室。
音楽家たちに静かに見つめられているような何だか不思議な気分になる。
夜じゃないから怖くはない。
そっとグランドピアノの椅子に腰を下ろす。
鍵盤に指を一本ずつ丁寧に優しく置く。
ピアノを目の前にしたのは何年振りだろう。
鍵盤に指を置く感覚も久しぶりだ。
瞳を閉じる。
ピアノを弾いている吉沢くんの姿が真っ先に思い浮んだ。
あの姿は本当に綺麗だったな。
とても素敵だった。
小さく息を吸う。
そして、最初の一音が体にじんわりと響き渡った。
次に意識がはっきりしたとき、
真っ先に聞こえてきたのはぱちぱちと手の鳴る音だった。
音の先に視線を向けると。
「素敵だったよ。」
吉沢くんが壁に軽くもたれかかりながら静かに微笑んでいた。
「ありがとう。」
まさか聴かれてるとは思わなかったからかな。
それとも、吉沢くんの笑顔が素敵だったからかな。
なんだか少し、照れくさかった。
「愛の夢、でしょ。」
そう言いながら、吉沢くんはピアノに足を進める。
そして、私の隣に腰かけた。
このピアノの椅子は、2人がけの横に長いものなのだ。
「ねえ、もう一度弾いてくれる?」
「愛の夢を?」
「そう。」
私は鍵盤に再び指をを置いた。
最初の一音を大切に、愛の夢を奏でる。
ちらっと目を横に動かすと、
吉沢くんは静かに瞳を閉じていた。
閉じられた瞼から伸びる綺麗な長い睫毛。
透き通るような美しい肌。
きゅっと結んだくちびる。
教室にいるときは何とも思わないのに、
こうして音楽室で音楽に触れている吉沢くんはいつにも増して本当に美しい。
強く鋭い力で押したらパッと消えてなくなりそうなぐらい儚くて脆く感じる透明感なのに、どこか強い芯のようなものも感じる不思議な人。
その不思議な魅力に、私は確実に魅せられている。
最後の一音が音楽室に響いた。
吉沢くんがゆっくり瞳を開ける。
そして立ち上がり、ピアノの屋根にあたる部分に肩肘を乗せて私を捉えた。
「昔、俺がピアノを習ってた頃ね。凄いピアノを弾く人がいたんだ。技術もさることながら、人の心をグッと持っていく音を出すんだよ。その時に彼女が弾いてた曲が『愛の夢』だった。」
吉沢くんは、目を伏せて柔らかく笑った。
「すごく懐かしくなったなあ。久しぶりに人の弾く愛の夢聴いたから。」
「吉沢くん、聴いてるときすごく幸せそうだったもんね。」
「幸せオーラ滲み出てたかんじ?」
「うん。がんがん漏れてたよ。」
「そっか。」
今度は少し照れくさそうに笑った。
私の頭の中で突然火花が散った。
吉沢くんが音楽に触れているとき___
彼は美しいだけじゃない。
彼は音楽に触れている時、よく人間らしい様子を見せる。
…吉沢くんは、音楽がとても好きなんだ。
「てか笹本さん、すごいピアノ上手いね。今もやってるの?」
「もうやめちゃった。中1のときかな、ちょっと色々あってやめた。実はそれ以来まともに弾いたの今日が初めてなの。」
「…まじで?」
「うん、まじで。」
「だとしたら天才レベルでうまいね。」
「それは吉沢くんもんね。人を泣かせるピアノ弾けるなんて超天才レベルだね。」
私たちは2人で顔を見合わせて笑った。
幸せだな、と思った。
ピアノを弾くことも吉沢くんといることも。
久しぶりに感じた気持ちだった。
「吉沢くん。私、音楽室にいると素直になれる。この前みたいに泣いたり今日みたいに心から笑ったりしたの、本当に久しぶり。」
「素直になりすぎてキスまでしちゃうしね。欲望に貪欲にもなるのかな。」
意地悪な笑みを浮かべる吉沢くんをじとーっと睨む。
「うっさいなあ。吉沢くんだって音楽に触れてるとき、すごい人間っぽいよ?笑顔に心がこもってる。」
「だから、俺はそもそも人間だから。」
そんなことを言い合いながらも、私たちは楽曲制作に取り掛かった。
吉沢くんと2人で素敵な曲が出来上がる。
そんな予感がした。