愛と夢と…
蒸し暑いだけの6月はあっという間に過ぎ、
すぐに太陽が照りつける眩しい7月がやってきた。
夏になり陽が沈むのが遅くなったとはいえ、
さすがに21時ともなるとあたりはすっかり暗い。
「ここどこだ…」
ただいま、スマホのマップとにらめっこ中。
私は今、自分の生活圏から二駅離れた街に来ている。
たった二駅といえど、普段全く来ないからホント訳がわからない。
放課後すぐにこの街に来て何とか用事は済ませたけど、まさかの駅までの帰り道が分からなくなってしまった。
一度通った道でも反対から来るとよく分からなくなる。
もう時計は21時をまわっている。
仕事終わりのサラリーマンや大学生とみられる人たちがだんだん増えてきた。
この街には、ここら一体の市有数の繁華街『二分町』がある。
その賑やかさから、二分町には近づかないようにと学校から注意をされるほどである。
「お!お姉ちゃん超かわいいね、1人?」
「俺らと一緒に来ない?」
「制服でこんなとこにいるなんて怪しいねぇ。」
「やべぇJKじゃん!まじで遊ぼうよ!」
さっきから分かりやすいぐらい色んな人に声をかけられる。
気持ち悪いし怖くないかと言ったら嘘になるけど、
今のところひたすら無視で何とかなっている。
とにかく早く帰らなければ。
でも、私は恐ろしいほど方向音痴なのだ。
そして、地図を見ることも致命的に苦手である。
何とかならないものかと考えながらふと視線を二分町の方へ向ける。
その瞬間。
とんでもない光景が私の目の前に広がってきた。
「…吉沢、くん……?」
いつもの不思議で繊細な美しさの吉沢くんとは全く違う。
彼独特の雰囲気を引き立たせている目に少しかかりそうな無造作で自然な黒髪が、今は少し整えられている。
制服とは違う白いシャツに緩めたネクタイ、黒いパンツ姿。
そして彼は、きらびやかで綺麗な大人の女性の腰を抱き、堂々と二分町に入っていった。
「…なにあれ。」
私はただ、スマホを握りしめながらその後ろ姿をボケーっと見つめることしかできなかった。
『吉沢には気をつけろ。』
『二分町に出入りしてるって噂だぞ。』
いつの日か翔くんに言われたことを思い出していた。
あの時はまさかとしか思わなかったけど、
どうやらその話は本当だったようだ。
それにしても、なぜ吉沢くんが二分町に行く必要があるのだろう。
堂々とはしてたけど、もしかしたら何か厄介ごとに巻き込まれているのではないだろうか。
私はなんだか急に心配になってきた。
誰かが止めなくてはいけない。
吉沢くんを助けなきゃいけない。
何故かそんな正義感にさいなまれた私は、
ほとんど何も考えず反射的に二分町へ足を踏み入れた。
二分町の外でさえ酔っ払い達のうざ絡みがあったけど、やはり実際に足を踏み入れるとその度合いは半端ない。
「あれ、こんなとこに高校生ー?」
「そういうバイトなんじゃね?なんなら俺が買ってやろうか。」
「お姉ちゃんスタイル良いし美人だし最高だねぇ、俺と遊ぼうよ。」
セクハラみたいなことを言われたりしまいには通りすがりに体を触られたり。
怒りと恐怖でいっぱいだったけど、なによりも吉沢くんを見失ってはいけない。
前だけ見て一心不乱に足を進めていると。
突然強い力で腕を引かれ、
「きゃっ…!」
気付いた時にはビルの路地裏に私と知らない男2人。
「お姉ちゃんさー、高校生でしょ?何でこんなとこにいるの?」
「…関係ないでしょ。」
「おうおう、見た目に似合わず気がつよい子なんだねえ。」
壁に背中を押し付けられ、目の前には男2人。
1人はしっかり私の両腕を掴んでいる。
逃げ場は完全に失われていた。
「何なんですか。離してください。」
…この人たち、相当酔ってる。
キッと睨み返してみるが、
「その顔そそるね〜!」
「やばいなあ、こんなかわいい女子高生と遊べたら最高だねえ。」
そしていきなり、掴まれていた両腕を思い切り上に上げられ壁に押し付けられた。
男が自分の腰を私の腰に擦り付けてくる。
その瞬間、言いようのない恐怖が私を襲った。
尋常じゃないほど脚が震えている。
「あ、かわいい〜。やっと怖がりだしたよ。」
「ホント気が強いねぇ。あ、もしかして泣いちゃう?」
男からの言葉で自分の目の奥に涙が溜まっていることに気が付いた。
「…やめて。」
「ん?なあに?」
「やめて……」
「ええ?やめないよお。」
男たちは気持ち悪い笑みを浮かべている。
もう1人の男の手が私の制服のリボンに伸びる。
ブチっと音をたててリボンがちぎられたそのとき。
…もうダメだ。
頬に涙がつたう。ぎゅっと目を閉じた瞬間。
「あのー、もうやめません?」
聞き慣れたどこかダルそうな緩い声。
その声の方へ顔を向けると。
「吉沢くん……」
セットされた髪をぐしゃぐしゃと手で掻く吉沢くんの姿をぼんやりと捉えた。
前髪から覗く目が心なしかいつもより鋭く感じる。
「大人が寄ってたかって女の子いじめるとかあり得ないですよ。そういうことしたいならもっとふさわしい場所でふさわしい人とすべきですね。」
吉沢くんの声は淡々としているようで少し震えていた。
ほんのちょっとした変化だけどわかる。
彼は、どうしようもないぐらい怒っている。
「何なんだよお前!何様だよ!!」
「俺が何者だって良いでしょう。それよりこれ、完全に法に触れますよ。良いんですか、今までのやり取り全て録画してましたけど?その子を放してくれるならこれ消します。」
吉沢くんは不敵な笑みを浮かべ、男たちにスマホを見せつけた。
「…っ、わかったよ!」
そして、男たちは私の腕を放し、一目散に逃げて行った。
男たちの足音が聞こえなくなった瞬間、全身から一気に力が抜けた。
このまま崩れ落ちると思った瞬間、吉沢くんが抱きとめてくれた。
「…笹本さん。」
吉沢くんは静かに、そして優しく私の名前を呼んだ。
「吉沢くん……」
今思うと、抱きしめられたのは初めてだった。
私は、吉沢くんの温もりを感じながら
声を出さずにしばらく泣き続けていた。
やっと呼吸も落ち着いてきたころ。
吉沢くんは黙って背中をゆっくりさすりながら、
「ごめんね。」
と、小さく呟いた。
私は彼の腕の中で「ちがう」という意味を込めて首を振ることしかできなかった。
「立てる?」
「ん…」
吉沢くんに支えられながら立つことができた。
さっきよりは随分力も入る。
「詳しい話はまた今度する。とりあえず今日は帰ろう。送るよ。」
「…いや。」
私は彼の腕をぎゅっと掴んだ。
自分でも無意識だった。
今ここで彼を離したらいけない。
そんな予感がした。
私も吉沢くんもしばらく何も話さなかった。
二分町の喧騒だけが遠くでうるさく鳴り響いていた。
まるで私たちの周りだけが別世界のようだった。
「…わかった。今日は一緒にいよう。」
吉沢くんは少し掠れた声で囁くように言いながら、
片手で私を抱き寄せしっかり包み込んでくれた。
すぐに太陽が照りつける眩しい7月がやってきた。
夏になり陽が沈むのが遅くなったとはいえ、
さすがに21時ともなるとあたりはすっかり暗い。
「ここどこだ…」
ただいま、スマホのマップとにらめっこ中。
私は今、自分の生活圏から二駅離れた街に来ている。
たった二駅といえど、普段全く来ないからホント訳がわからない。
放課後すぐにこの街に来て何とか用事は済ませたけど、まさかの駅までの帰り道が分からなくなってしまった。
一度通った道でも反対から来るとよく分からなくなる。
もう時計は21時をまわっている。
仕事終わりのサラリーマンや大学生とみられる人たちがだんだん増えてきた。
この街には、ここら一体の市有数の繁華街『二分町』がある。
その賑やかさから、二分町には近づかないようにと学校から注意をされるほどである。
「お!お姉ちゃん超かわいいね、1人?」
「俺らと一緒に来ない?」
「制服でこんなとこにいるなんて怪しいねぇ。」
「やべぇJKじゃん!まじで遊ぼうよ!」
さっきから分かりやすいぐらい色んな人に声をかけられる。
気持ち悪いし怖くないかと言ったら嘘になるけど、
今のところひたすら無視で何とかなっている。
とにかく早く帰らなければ。
でも、私は恐ろしいほど方向音痴なのだ。
そして、地図を見ることも致命的に苦手である。
何とかならないものかと考えながらふと視線を二分町の方へ向ける。
その瞬間。
とんでもない光景が私の目の前に広がってきた。
「…吉沢、くん……?」
いつもの不思議で繊細な美しさの吉沢くんとは全く違う。
彼独特の雰囲気を引き立たせている目に少しかかりそうな無造作で自然な黒髪が、今は少し整えられている。
制服とは違う白いシャツに緩めたネクタイ、黒いパンツ姿。
そして彼は、きらびやかで綺麗な大人の女性の腰を抱き、堂々と二分町に入っていった。
「…なにあれ。」
私はただ、スマホを握りしめながらその後ろ姿をボケーっと見つめることしかできなかった。
『吉沢には気をつけろ。』
『二分町に出入りしてるって噂だぞ。』
いつの日か翔くんに言われたことを思い出していた。
あの時はまさかとしか思わなかったけど、
どうやらその話は本当だったようだ。
それにしても、なぜ吉沢くんが二分町に行く必要があるのだろう。
堂々とはしてたけど、もしかしたら何か厄介ごとに巻き込まれているのではないだろうか。
私はなんだか急に心配になってきた。
誰かが止めなくてはいけない。
吉沢くんを助けなきゃいけない。
何故かそんな正義感にさいなまれた私は、
ほとんど何も考えず反射的に二分町へ足を踏み入れた。
二分町の外でさえ酔っ払い達のうざ絡みがあったけど、やはり実際に足を踏み入れるとその度合いは半端ない。
「あれ、こんなとこに高校生ー?」
「そういうバイトなんじゃね?なんなら俺が買ってやろうか。」
「お姉ちゃんスタイル良いし美人だし最高だねぇ、俺と遊ぼうよ。」
セクハラみたいなことを言われたりしまいには通りすがりに体を触られたり。
怒りと恐怖でいっぱいだったけど、なによりも吉沢くんを見失ってはいけない。
前だけ見て一心不乱に足を進めていると。
突然強い力で腕を引かれ、
「きゃっ…!」
気付いた時にはビルの路地裏に私と知らない男2人。
「お姉ちゃんさー、高校生でしょ?何でこんなとこにいるの?」
「…関係ないでしょ。」
「おうおう、見た目に似合わず気がつよい子なんだねえ。」
壁に背中を押し付けられ、目の前には男2人。
1人はしっかり私の両腕を掴んでいる。
逃げ場は完全に失われていた。
「何なんですか。離してください。」
…この人たち、相当酔ってる。
キッと睨み返してみるが、
「その顔そそるね〜!」
「やばいなあ、こんなかわいい女子高生と遊べたら最高だねえ。」
そしていきなり、掴まれていた両腕を思い切り上に上げられ壁に押し付けられた。
男が自分の腰を私の腰に擦り付けてくる。
その瞬間、言いようのない恐怖が私を襲った。
尋常じゃないほど脚が震えている。
「あ、かわいい〜。やっと怖がりだしたよ。」
「ホント気が強いねぇ。あ、もしかして泣いちゃう?」
男からの言葉で自分の目の奥に涙が溜まっていることに気が付いた。
「…やめて。」
「ん?なあに?」
「やめて……」
「ええ?やめないよお。」
男たちは気持ち悪い笑みを浮かべている。
もう1人の男の手が私の制服のリボンに伸びる。
ブチっと音をたててリボンがちぎられたそのとき。
…もうダメだ。
頬に涙がつたう。ぎゅっと目を閉じた瞬間。
「あのー、もうやめません?」
聞き慣れたどこかダルそうな緩い声。
その声の方へ顔を向けると。
「吉沢くん……」
セットされた髪をぐしゃぐしゃと手で掻く吉沢くんの姿をぼんやりと捉えた。
前髪から覗く目が心なしかいつもより鋭く感じる。
「大人が寄ってたかって女の子いじめるとかあり得ないですよ。そういうことしたいならもっとふさわしい場所でふさわしい人とすべきですね。」
吉沢くんの声は淡々としているようで少し震えていた。
ほんのちょっとした変化だけどわかる。
彼は、どうしようもないぐらい怒っている。
「何なんだよお前!何様だよ!!」
「俺が何者だって良いでしょう。それよりこれ、完全に法に触れますよ。良いんですか、今までのやり取り全て録画してましたけど?その子を放してくれるならこれ消します。」
吉沢くんは不敵な笑みを浮かべ、男たちにスマホを見せつけた。
「…っ、わかったよ!」
そして、男たちは私の腕を放し、一目散に逃げて行った。
男たちの足音が聞こえなくなった瞬間、全身から一気に力が抜けた。
このまま崩れ落ちると思った瞬間、吉沢くんが抱きとめてくれた。
「…笹本さん。」
吉沢くんは静かに、そして優しく私の名前を呼んだ。
「吉沢くん……」
今思うと、抱きしめられたのは初めてだった。
私は、吉沢くんの温もりを感じながら
声を出さずにしばらく泣き続けていた。
やっと呼吸も落ち着いてきたころ。
吉沢くんは黙って背中をゆっくりさすりながら、
「ごめんね。」
と、小さく呟いた。
私は彼の腕の中で「ちがう」という意味を込めて首を振ることしかできなかった。
「立てる?」
「ん…」
吉沢くんに支えられながら立つことができた。
さっきよりは随分力も入る。
「詳しい話はまた今度する。とりあえず今日は帰ろう。送るよ。」
「…いや。」
私は彼の腕をぎゅっと掴んだ。
自分でも無意識だった。
今ここで彼を離したらいけない。
そんな予感がした。
私も吉沢くんもしばらく何も話さなかった。
二分町の喧騒だけが遠くでうるさく鳴り響いていた。
まるで私たちの周りだけが別世界のようだった。
「…わかった。今日は一緒にいよう。」
吉沢くんは少し掠れた声で囁くように言いながら、
片手で私を抱き寄せしっかり包み込んでくれた。