愛と夢と…
夏休みまであと数日と迫ったある日。
私たち高校2年生にとって、何も考えずに過ごせる夏休みは今回が最後である。

そのため、本来ならば夏休みの予定に浮かれまくっても良いはずの時期ではあるが、私たちのクラスは一味違った。


「各係り進捗状況を教えてください。まずは大道具から。」


委員長が進行し、副委員長が板書する。
このクラスにおいて、この光景は何度見たか分からない。

現在、夏休み最後のHR真っ最中。
となりの吉沢くんも珍しく顔を上げている。
ただし、話をきちんと聞いているのかまでは分からない。


「では次、楽曲制作お願いします。」

「はい。」


私はその場で立ち上がった。


「メロディラインは全て出来たのであとは編曲です。たぶん7月中にはデモをあげられると思います。」

「分かりました。ありがとうございます。」


言い終わってから「これで合ってるよね?」という意を込めて吉沢くんの方をチラッと見る。
吉沢くんも視線をこちらに向け小さく頷いた。


「うーん、思ったよりやばそう…」


全ての係りの進捗を確認し終えた委員長は教卓で唸っている。
予想外に文化祭の準備が進んでないことが分かったのだ。


「みんな頑張ってるんだけどねえ…」

「時間ないんだよな。」

「でも本当にやばいよね…」


クラスのあちこちから声が漏れてくる。

たしかに時間がないのはその通りだ。
私たちの高校はそれなりの進学校でもあるため、
まず授業や勉強がとても忙しい。
それに加えて部活をやっている人も多いから、放課後の時間はないに等しい。

私と吉沢くんは部活をやっていないし、音楽室のピアノさえあれば作業ができるけど、他の係りはそう簡単に準備をする時間がとれないのは仕方ないとも思う。


「文化祭は夏休み明けの9月じゃん?だから夏休み中には全通しできるようにしたいんだけど…どこかでみんな集まってまとまった時間とった方が良いと思うんだよね。」


唸っていた委員長が口を開いた。


「たしかに。1回本気でバーっとやった方良いかもね。」

「ダラダラやっても進まなそうだし。」


クラスメイトも口々に賛同している。
たしかに私もそう思う。

その時、理央がよく通る声で「あ!」と声に出した。


「ねえ!だったらいっそ合宿とかやらない?思い出作りも兼ねてさ!」


例のごとくひまわりのような明るい笑顔をいっぱいに浮かべている。

相変わらかっ飛ばしてるなあ、と私は面白く見ていた。
理央の突拍子もないところが好きだったりする。


「合宿!やりたい!!」

「超楽しそう!ねえ委員長やろう!」

「昼一生懸命準備してさ、夜はBBQとか花火とかやれたら最高じゃない?」

「いいねー!最高!」


私が“突拍子もない”と思った理央の意見は、どうやらクラスメイトにはかなり好評だったようだ。

まさか、本当に合宿やるの…??


「たしかに合宿自体は良いと思うけど、ただ場所問題があるよ。たとえ全員は来れないにしても40人弱が寝泊まりできる場所をどうやって確保する?」


委員長の言葉に、私は心の中で大きく頷いた。


「ああ…たしかに。」

「だよね〜場所問題あるよね。」

「誰か別荘とかないの?」

「いや、さすがに別荘あるやつなんていないだろ。」


やっぱり合宿は無理がある。
大人しく学校に集まってやるしかないのではないだろうか。

クラスの雰囲気もその方向へ傾きかけていたその時。


「委員長ー、」


私のとなりから不意に声が聞こえた。
ダルそうで緩いのに何故か透き通るようにも聞こえる不思議な魅力のある声。

自分でも驚くほどの勢いで隣へ顔を向けた。
まさか、吉沢くんがHRで発言するなんて何かの間違いとしか思えない。


「俺、あるよ。」

「何が?」

「別荘。」

「「「…は???」」」


吉沢くんの爆弾発言にクラス中が驚きの声を上げた。
もちろん、私もそのなかの1人だ。


「え、ちょっとまって。吉沢の家に別荘があるって解釈で合ってる?」

「合ってるよ。良ければ使う?」


私は何度も瞬きをして吉沢くんを見つめた。
やっぱり彼が何を考えているのかよくわからない。
本当に不思議な人だ。



「使って良いなら使いたいけど…え、本当に良いの?」


委員長は相変わらず信じられないといった様子でいる。
クラスメイトたちは、今にも喜びを抑えきれないといった満面の笑みで2人のやり取りを眺めている。



「良いよ、どうせ誰も使ってないし。結構でかいから、もし全員来るってなっても大丈夫だと思う。」

「じ、じゃあ。吉沢の別荘で合宿ってことでみんな良い??」


委員長の言葉にクラス中は歓喜に沸いた。


「最高!!」

「歩夢くんありがとう!」

「めっちゃ楽しみ〜!!」


まさかすぎる展開に私は未だについていけてなかった。
思わず再び吉沢くんをじっと見つめる。

すると私の視線に気づいた吉沢くんは「何を驚いてるの?」と言わんばかりに首を僅かに傾げて私を見据えていた。
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