愛と夢と…
「歩夢と愛菜さんって本当に仲良いんだね。」
不意に凛ちゃんが口を開いた。
そして、じっと強い視線で私たちを捕らえる。
「外で会った時から思ってたんだけど、2人って付き合ってるの?」
彼女の口調からして私ではなく吉沢くんに聞いている。
「付き合ってないよ、そんな関係じゃないよ」と言いたい気持ちをグッと堪えて吉沢くんが口を開くのを待った。
「付き合ってないよ。凛も分かってるでしょ、俺がそういうのに興味ないの。」
「そうだけど…私、歩夢がピアノ辞めた理由なんて知らなかったよ。一人暮らしだって、単に高校になるべく近い場所でってことなのかと思ってた。」
「だって凛には話してないから。というか、今の今まで誰にも話してない。凛に言いたくなかったわけじゃない。」
「そしたら尚更なんで愛菜さんにはさらっと話しちゃうの?付き合ってもない人にそんな赤裸々に話せる?」
まくしたてるように話す凛ちゃんに対し、吉沢くんはじっと黙り込んだ。
伏し目がちに斜め下の方を向いて吉沢くんは短く息を吐いた。
凛ちゃんは目を真っ赤にして彼のことを見ている。
「何となくだよ。」
「そんな“何となく”で話せるような内容じゃなかったじゃない。」
「普通はそうだけど、愛菜には“何となく”で話せると思った。この人、他人に興味ないから。」
「そういう2人の関係が付き合ってるって見えるの!…もういいよ。」
そう言った凛ちゃんは目にいっぱい溜めていた涙を一筋零し、部屋から飛び出して行った。
私は、中途半端に開けられていた扉をしばらく見つめた。
すると、隣から「はあ」と深いため息が聞こえてきた。
「ごめん、騒がしくて。」
「ううん、それよりいいの?」
「大丈夫、あいつは分かってる。分かってるけどそれに納得できないからああやって人にあたる。」
そして、さらに言葉を続けた。
「昔からそうなんだ。俺が他の人にとられると思うとすごく嫉妬する。あいつの親、昔から海外赴任が多くて、ほぼ家政婦に育てられたようなもんなんだよ。それであんなワガママになった。」
「そうなんだ…でも、すごく良い子に見えた。人懐っこくて。」
「普段はね。ただ、自分の気に入らないことが起こると何が何でも我を通す。」
吉沢くんはまた深いため息をついた。
彼に何度もため息をつかせることのできる凛ちゃんはある意味すごい。
「吉沢くんのことすごい好きなんだね。本当は甘えたいのに、好きだからこそツンとしちゃう。なんか猫みたい。」
「そんなかわいいもんだったら良いけど。」
吉沢くんが他人に振り回されているのを見るのはなんだか新鮮だった。
私はこのとき、吉沢くんの新しい一面を知れたな、なんて呑気なことを考えていた。