愛と夢と…

「ねえねえ!歩夢くんと何話してたの!?」


帰りのHRが終わると同時に私の元へ突進してきたのは木原理央。

高校入学時に仲良くなって今年も同じクラスになった。
元気ハツラツなかわいい女の子である。


「ねえねえ何話してたの?きーにーなーる!」


わざとらしく上目遣いで私を見つめる理央の姿に思わずクスッと笑ってしまった。


「何その顔。」

「『お・し・え・て』の顔!」


またまたわざとらしくパチパチと瞬きをして私を見つめる理央。


というかさ、さっきから理央の言う『歩夢くん』って…?


「ねぇ理央、その『歩夢くん』って…」

「ん?」

「誰のこと言ってんの?」

「…え」


私の言葉に理央は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「…本気で言ってる?」


そう言った理央が私の隣に視線をずらしたので、私もつられて理央の視線の先を見た。

そして、ピンときた。


「わかった、吉沢くんか。」

「そうだよ!!何で知らないの?」

「いや、逆に何で知ってんの?」


理央は、「何言ってんだこの人」と言わんばかりの表情をしている。


「まず第1に、クラスメイトの名前なんだから知ってて当然。」

「…たしかに。」


返す言葉もない。


「第2に、あんな美しい人のこと、知らない人なんていないよ!」

「…ん?」


その時、理央が興奮気味に話してくれたことをまとめると。

吉沢くんはとにかく美しい。
美しいからこそ女子の間では大人気らしい。

でも、吉沢くん自身がクラスでワイワイ騒ぐいわゆるチャラチャラしてるような人ではないため、女の子たちも吉沢くんにキャーキャー言うことを一応遠慮してるそう。


「それに、歩夢くんって何かミステリアスじゃん?クラスにいる時は普通に男子たちと仲良くするのに、ふらっといなくなること多いし。」

「たしかにそうだね。」

「それでもって女子とはほぼ話さないからね。勇気だして挨拶してもにっこり微笑まれて終わり。」

「えー、なんだそりゃ。」

「でもその笑顔がさ、なんて言うか…」


ホワーンと表情をとろけさせた理央。

吉沢くんは美しい。
笑顔ももちろん美しい。

でも、その顔はただ綺麗なのではなくて…


「色っぽい。」

「そう!それなんだよ!」


男の人に色っぽいという表現はどうなのかと思うけど、彼にはその表現がぴったりだと思う。


「吉沢くんの笑顔って綺麗なんだけど、何もかも見透かされてるような感じがするんだよね。どこか不敵っていうか。でも、飄々としてるからいまいちつかめない。」

「そうそうそう!さすが愛菜!」


どうやら私の持ってる吉沢くんのイメージと、理央たち女子の持ってるイメージは一緒らしい。


「それでさ、何話したのか気になるわけ!女子と話さない歩夢くんが愛菜を引き止めたっていうじゃん。」

「何って、「何で笹本さんが呼びに来たの?」とか「戻ろう」「嫌だ」の応戦。面白い話なんてしてないよ。」

「えーなんかないの?」

「ないない。だいたい隣の席同士なのに今まで話したこともなかったんだよ?いきなり話が盛り上がるわけないじゃん。」

「まぁそう言われちゃうとそうかも。」

「ね!だから何もないない。期待はずれですみません〜」



半分ホントで半分うそ。
理央ごめん。私、うそついた。

理央に隠し事をするのは心から悪い気がしたけど、
まさかキスされたなんてそんなこと言えるわけない。

不思議なオーラを纏ってつかみどころのない吉沢くんだからこそ、あの時のキスにどんな意味があるのか本当にわからない。

本当に本当に「なんとなく」だったのかもしれない。



「それより理央、今日委員会じゃないの?」

「あ!そうだ!初回なのに遅れたらヤバかったわ!じゃ私行くね!また明日!」

「ファイト!また明日!」



理央を見送り自分の帰り支度をする。

いつのまにか誰もいなくなっていた教室を出ようとすると。



「ヒドイな〜俺の名前知らなかったんだ。」



後ろから聞こえた透き通るような声。

すらりとした立ち姿で
彼特有のお馴染みな笑みを浮かべた吉沢くんが私をじっと見つめていた。


「…いつからいたの。」

「理央ちゃん?だっけ。あの子が笹本さんとこに来たくらいから。」


吉沢くんは大きなあくびと背伸びをした。
涙をうっすら浮かべぼんやりとした様子でベランダから教室に入ってくる。


「それって最初からじゃん。」

「そうだね。でも別に隠れてたわけじゃないよ。日向ぼっこしながらうとうとしてたら2人の話し声が聞こえてきたってだけ。」

「そっか……」


…これ以上会話を続けられない。
いくらなんでも名前を知らなかったとか申し訳なさすぎる。

穴があったら入りたい……。



「笹本さんって、あんま他人に興味ないよね。」

「…ごめんなさい。こればっかりはホントごめん。」
「別に責めてるわけじゃないよ。」

「あ、それは分かってる…いや、分かってるというのも変だけど…」

「本当に責めてないから。俺、他人に興味抱かない人結構好き。」

「それはどうも…ありがとう。」



何で吉沢くんに気を遣われてるんだろ。
もうしばらくこの人に頭上がらないじゃん。

いっそのこと何でもお願い1つ聞くとかなんとか言って今日のことはなかったことにしてもらうか…。


そんなこんなであれこれ思案を巡らせていると。



「好きの反対は無関心っていうじゃん。」

「へ??」


突然の吉沢くんの言葉に驚き、思わず咄嗟におかしな声がでた。

まさか、私が吉沢くんを好きだというわけのわからない考えに持っていこうとしてるのか…。


「…どうしたの。」

「好きの反対は無関心。嫌われるより無関心になられることこそが恐ろしいみたいな事いうじゃん。聞いたことある?」

「あ、まあ、あるけど…」


おふざけかと思ったらどうやらそうではなさそう。

なんというか。
顔がマジだ。


「俺はね、無関心にされるほど幸せな事ってないと思うんだよ。干渉されるのがホント嫌い。

みんな無関心ほど辛いっていうけど、そういうこと言う人は誰かしらに何らかの関心をずっと持ってもらえてて、しかもまだちゃんと"無関心にされる"って経験をしたことがないからだと思う。

だからそんなこと言えるんだよ。」


吉沢くんは、たしかに私の目の前で私に向かって話しているはずなのに。

彼の目も私を見ているはずなのに。


吉沢くん自身の心はここにないような気がした。

私に向かって話してるように見えるけど、
ここにいない誰かに話してるように見えた。



「ま、そういうことだから俺はいつもぶらーっとしてるわけ。干渉されんの苦手なんだよねー。だから正直、笹本さんが俺の名前覚えてようが覚えてなかろうがどうでもいいってこと。俺も他人に興味ないし。」


さっきは少しからかってみただけ。


そう言った吉沢くんの笑顔はいつも通りの笑顔だった。
彫刻のように美しいいつもの顔だった。


「笹本さんは本当に他人に興味ないのがひしひしと伝わってくるから、俺にとっちゃあ好きな人種なんだよ。素晴らしいよ、その無関心さ。」

「それ、褒めてんの?」

「少なくとも俺はね。」

「他人に興味がないって思われてたならちょっと心外。ただ、人は人。自分は自分。人が何してようが私には関係ない。そう思ってただけ。」

「いいねーさすがですわ。やっぱ素晴らしい。」

「…なんか複雑。」



口を尖らせた私を見て、吉沢くんは笑った。


複雑。
だけど、何故か少し嬉しかった。


「頼むからこれからずっと"隣の席の人の名前すら覚えない無関心な人"でいてよ。」

「はいはい、明日にはもう吉沢くんの名前忘れてるかもね。」

「それはそれで良いんじゃね?面白いよ。」


鼻歌を歌いカバンに教科書をつめている吉沢くんの姿が意外すぎた。


「置き勉してないの?」

「まあねー授業サボり魔だからテストぐらい点取っとかないとでしょ。」

「へぇー、意外。」

「ギャップ萌えってやつだな。」



重そうなカバンをヒョイと持ち、
教室のドアへのんびり歩く吉沢くん。


そして、クルッと振り返り。



「じゃ、気ぃつけて帰れよ。"愛菜ちゃん"。」


ひらひらと手を振ってすぐに廊下に消えてしまった。



「…他人に興味ないんじゃないのかよ。」



吉沢くんがいなくなった後のドアを、
私はしばらくぼんやり見つめていた。



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