愛と夢と…
不思議な関係
GWも明けた5月。
桜も完全に散ってしまった。
教室の窓からは葉桜が空を青々と泳いでいる。
「…散っちゃったぁ」
騒々しい昼休みの教室のなかで小さく呟いてみた。
どうせ誰にも聞こえてないだろう。
私は1人頬杖をつきながら葉桜をぼんやり眺めていた。
「ね。散っちゃった。」
私の呟きに呼応するように聞こえてきた声の方へゆっくりと顔を向ける。
私の席の後ろを吉沢くんがすいーっと通り過ぎる。
彼の動きと共に私の首もすいーっと動く。
そして、吉沢くんは左隣の自分の机に座った。
なぜか全く席替えが行われないため、今もこうして私の隣は吉沢くんだ。
「すごいね、聞こえたの?」
「まあね。耳には自信ある。」
あの保健室での出来事から約1ヶ月。
普通に雑談をする仲となった私たち。
それこそ最初の頃は、「吉沢くんが女子と喋ってる…!」と小さな話題になっていたみたい(理央情報)だけど、「隣の席だしね。」ということでみんな勝手に納得してくれたらしい。
しかし今でも吉沢くんはふらっとどこかに行ってしまうことは多いし、基本的に席にいるときしか話さない。
もちろん、連絡先も知らない。
仲が良い友達とはいえない関係である。
ただのクラスメイトで少し話す隣の席の人。
「5時間目のHRって何?内容によってはサボりたいんだよね。」
「サボろうとしてる人には教えない。」
「えー」
不服そうな声をあげ、吉沢くんは机に突っ伏してしまった。
そんな姿を横目でチラリと捉える。
ホント困った人だ。
授業なんだから出て当たり前なのに。
それに、今日の内容教えたら絶対サボる。
間違いなく、サボる。
「よーし、やるぞー」
昼休みの終了と5時間目の開始を告げるチャイムとともに、担任が教室へ入ってきた。
クラスメイトが席につき始める。
隣の吉沢くんが顔を上げる様子は全くない。
「じゃあ今日は文化祭のクラス発表の役割分担決めな。学級委員よろしく。」
「はい。」
担任からバトンを引き継ぎ、学級委員長と副委員長が教卓の前に立つ。
ここまできてもやっぱり吉沢くんは顔をあげない。
身ひとつ動かない。
「では、まず前回までの振り返りですが、9月の文化祭でうちのクラスは創作劇をやることになりました。」
そう。
"まさかの"創作劇。
うちの学校の文化祭は、各クラスが好き勝手にやりたい事をやれるのではないという何とも悲しい制度なのだ。
各学年5クラス編成。
教室を使った企画をできるのが3クラスまで。
外のテントを使って企画をできるのは1クラス。
そして、体育館ステージを使って企画をできるのが1クラス。
備品など諸々の事情もあるらしいから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
私たちのクラスはもともと教室を使ったお化け屋敷を企画していた。
しかし、負けたのだ。
教室争奪じゃんけんに。
その結果、どのクラスも希望していなかった体育館ステージでの出し物をせざるを得ない状況になってしまったのだ。
「まあ、色々と意見はあると思いますが、やるからには良いもの作ろうってことになったところですね!!」
委員長が得意げにニコニコと言った。
みんなも大きく頷いていた。
私は小さくため息をついた。
このクラスはやけに明るくて元気で素直ではたから見たらとても良いクラスなんだろうけど、私のような人間からしたらなかなかついていくのが大変だ。
だからといってクラスが嫌いなわけではない。
基本みんな良い人だし、多分他のクラスと比べたらかなり過ごしやすいと思う。
そういうわけで、実はあんなに元気な理央と仲が良いのも私にとってはかなり奇跡みたいなものなのである。
「それで今日は誰が何をやるか役割を決めたいと思うんだけど…今から黒板に書き出すので、何となく考えてみてください。」
委員長の言葉を契機に副委員長が板書を始めた。
演者をはじめ大道具、小道具など裏方の役割もどんどん板書されていく。
その中に"楽曲"という役割があった。
楽曲?
音響と何が違うのかな。
「ねぇー楽曲ってなに?音響じゃないの?」
私の疑問を代弁するかのようにクラスメイトの1人が質問した。
すると、委員長の鼻の穴がピクっと動いた。
何か得意げに言うときの顔だ。
「やるからには良いものをってことになったじゃん。だから、劇で使う曲も自分たちで作れたらなーって若干無謀なことを考えてみたんだけどどう??」
「つまり、"楽曲"の役割は楽曲制作ってこと?」
「そう。こんだけクラスに人いたら誰かしら作れそうじゃね?」
…この委員長、恐るべし。
とんでもないことを考えもんだ。
さすがにみんなも反対すると思いきや。
「いいね!おもしろそう!」
「それ出来たら最高じゃん。」
良い意味でも悪い意味でもこのクラスは楽観的な人が多すぎる。
「でも問題は、誰か曲作れる人がいるのかってことだよね。道具作るみたいに、"やってみたら何とかなる"レベルじゃないし。」
「そこなんだよなあ。」
しばらくクラスメイトが頭を悩ませていたそのとき。
「あ、そうだ。笹本できるんじゃね?」
1人の男子が思い出したように呟いた。
私は咄嗟にその男子のほうへ顔を向けた。
きっと私、般若のような顔して睨んでるはず。
「笹本できるよね?」
「いやいや、無理。」
「でも小学生の頃、お楽しみ会とかで自分で作った曲ピアノで弾いて発表してたじゃん。」
「ま、まあそうだけど…でも、小学生レベルだし楽曲制作なんて大層なものはできないよ。無理。」
必死に抵抗する私をよそに。
「笹本できるの?てかピアノ弾けるの知らなかった。」
「愛菜ちゃんお願い!!やってほしい!」
「笹本ならできる!俺が保障する!!」
私の必死な反撃は虚しくあっけなく散った。
ここまで言われると断れない。
「…わかった。やっても良いけどあんま期待しないでね。あと、1人じゃさすがに無理だからあと1人ぐらいは音楽できる人ほしい。」
ピアノが弾ける人なんてゴロゴロいるし、吹奏楽部の人も何人かいるし、誰でも良いから手伝ってくれる人が欲しかった。
しかし、なかなか立候補する人がいない。
誰か手伝ってよ〜。
この訳の分からない状況に心の中で泣きそうになっていると。
「はい。俺やるよ。」
クラス中が一瞬にして静まり返った。
予想外すぎる人物の声。
隣を見ると、吉沢くんが眠そうな目をこすりながら顔の横に手を挙げていた。
「…あの、吉沢??お前わかってる?これ、楽曲制作だけど。」
委員長が何度も瞬きをしながら確認する。
クラスメイトもポカンと口を開けて吉沢くんを見つめている。
もちろん、私も隣にがっつり視線を送っている。
「分かってるよ。だって他の役割だとがっつり働かされるでしょ?でも楽曲制作だったら所詮笹本さんのサブについてればいいわけじゃん?もちろん、軽く手伝うつもりはある。」
「お前…やっぱりさすがだわ。」
いつも通りの吉沢くんの様子にみんなはそれぞれ個々に戻った。
「じゃあ楽曲制作に関しては、笹本が吉沢を認めれば決まりってことで。笹本どう?」
「…良いんじゃない」
逆に聞きたい。
ここまできて拒否権なんてあるのかよ。
「よし、じゃあ楽曲制作はけってーい!」
クラスメイトから謎の拍手が沸き起こった。
本時をもって私の相棒は吉沢くんに決定した。