お見合い婚 俺様外科医に嫁ぐことになりました
千花の父親・幸助(こうすけ)は商社勤めのサラリーマンだったが、結婚を機に自身の両親からわたせキッチンを引き継いだ。それと同時に、いつ倒壊してもおかしくないようなおんぼろの店構えを思い切って建て直し、厨房と店内を合わせて二十坪ほどの立派なものにした。
ダークグレーの外観はモダンで一見すると弁当屋とは思えないが、風にはためく〝おいしいお弁当ならわたせキッチン〟と描かれた赤と白のストライプ柄ののぼりが、そこが弁当屋であることをさりげなくアピールしている。
「うちの息子が大きくなるのを待っててよ。千花ちゃんのことかわいいかわいいって、いっつも言ってるからさ」
「でも息子さん、まだ小学生ですよね?」
あと何年待ったらいいのだろうか。十年も経てば、二十六歳の千花はアラフォーだ。
「すぐだよ、すぐすぐ」
クスクス笑う千花に手を振り振り、常連客は目じりに深い皺を刻んだ。
(いいお嫁さんか……。私には訪れない未来だろうな)
「ありがとうございます」と笑顔を返しながら、あることを思い返した千花の胸には鈍い痛みが走った。