お見合い婚 俺様外科医に嫁ぐことになりました
◇◇◇
客足が緩やかになったのを見計らい、千花が両親よりひと足先に昼休憩をとった午後二時過ぎ。代わりにカウンターに立っていた母・美幸(みゆき)とバトンタッチし、千花は再び接客に戻った。
(急に暇になっちゃったな)
ほんの数十分前から突然降り始めた雨のせいもあるのか、お客がパタリと途絶えた。客を相手にする商売は、なによりも雨が大敵。大幅な客数減となる。
(よし。今のうちに片づけちゃおう)
カウンターの上で乱雑になったチラシを千花が整理し始めたときだった。男性客がひとり店に入ってきた。
その瞬間、店内がどことなく華やいだ感じになる。そのお客の発するオーラなのか、どこか普通の人と違った空気をまとう彼は、昼時から大きく外れた時間に来店することの多いお客だ。
「いらっしゃいませ」
千花のにこやかな挨拶に一瞬だけ目を向けたかと思えば、切れ長の涼やかな目でメニュー表を追いかける。引き結ばれた薄い唇がほんの少しだけ動いたような気がしたが、声は聞こえなかった。