年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
「見捨てないで…」


オロオロとしながら俺にしがみ付こうとする母。
でも、俺はそんな母を拒絶する。


「そうやって泣くならあいつに縋って泣けよ。『私の人生を返してくれなきゃ死ぬわ』くらい言えば、あいつも多少は心が揺れるんじゃないのか」


そんなことで気が変わる相手じゃないのは分かっている。
だけど、母にはお灸が必要だと思った。


「……俺、今夜からホテルにでも泊まるよ。母さんは一人でこの家に住めばいい」


そして、あいつが来るのをひたすら待てばいいんだ。
これまで通り、あいつの陰の女で居ればいい。


「輝ぁ……」


膝を崩して泣き始める母を見て、胸が痛まない筈はないんだが……


「母さん……ごめん」


踵を返すと自分の部屋へ向かう。
部屋には母との思い出は一切なく、あるのは望美との楽しい思い出の写真だけだ。


母は常に俺ではなく、あいつの後ろ姿を追っていた。
俺を連れて何処かへ行くこともなく、じっとこの家であの男が来るのだけを待っていた。


俺はそんな母が不憫だった。
陰の存在を強いられても、そこから抜け出そうとしない母に苛立ちや不満を持ち続けていた。


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