年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
私がまだ何も言わないうちから輝には何か悟ったものがあったらしい。
私に振り向くと笑顔を浮かべ、両親と郁の方へと目を向け直した。


「あの……本当に申し訳ないんですが……」


輝は私の手を取ると立ち上がり、これから行きたい場所があるので失礼します、と頭を下げる。

そして、次に来る時はビジネスの契約書も持参して来ると言い、一刻も早くその仕事を始められるよう準備して待っていて下さい…と願った。


「それじゃ今夜は、望美さんをお借りします」


そう言うと、私を連れてリビングを立ち去る輝。
背中からは郁の吹く口笛が聞こえ、それを窘める母の声も響いた。


私達は玄関を出て外へ行くと、更に強く手を握り合う。


「…ねえ、これから何処へ行くの?」


多分、輝のお母さんが待っている家だと思った。
だけど、彼の言った答えは___


「今、俺が泊まってるホテル」

「ええっ!?」

「俺、家を出たんだ」


昨日ね…と話す輝に呆然としたまま歩かされた。

たった一人しかいない筈のお母さんを家に残して、輝が家を出たというのが信じられずに、頭の中が混乱した___。


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