年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
ちらりと腕時計を確認すると、時間がありませんので…と言って歩き出す。

私はその背中に振り向いても何も言い返せず、ただ呆然と見送ったまま、苦い気持ちをひたすら押し殺して座り込んだ。


ガーッと開いた自動ドアの向こうに相手の姿が消えていくと同時に、ポトンと手の甲に水が落っこちた。最初は一滴だったものがボトボトと増えていき、濡れていくその手をぎゅっと強く握り締める。


屈辱という名の言葉が頭の中を巡り始め、あれが本当に輝の父親なのか、と疑いたくもなった。


けれど、目元や口元がよく似ていた。
間違いなく親だと思えばこそ、憎らしい気持ちなど持ちたくもないのに……。


(輝と別れろなんて、そんなこと無理。どんなにいい条件を提示されても嫌だし、影の存在としてなんて、そんなの私には受け入れられないよ…)


ボロボロと涙が溢れて視界が歪む。
頭の中では輝の顔と付き合うきっかけになった日のことが思い出され、辛くなってきて声を殺して泣き続けた__。


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