年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
それに今思えば、そこまで懸命に返済する義務もなかったのかもしれないとも思う。
真面目に返済をしていかなくても、自己破産という手だって打てたのかもしれないとも思う。


…けれど、破産という楽な手には、父も母も逃げようとはしなかった。
一億程度なら返せると信じて、懸命に働き、本当に必死で頑張り続けてきた。


そんな両親だが一時期は夫婦仲も冷えきり、お互い話すこともない日々が続いていた。

母はそんな頃に父から自殺を仄めかされたことがあり、驚いて「馬鹿なことを言わないで!」と叱咤したそうだ。


「自分が死ねば、どのくらいの保険金が入る?と真面目な顔で問うのよ。そんな弱音を吐く暇があるなら、死ぬ気になって働いてと言ってやったわ」


母は父が亡くなったことを想像しただけで、「ゾッとした」と言っていた。

自分達は神様の前で、何があってもお互いを助けて慈しんでいく…と約束したことを忘れてなるものかと思い出して、気持ちを新たにして向かい合っていったそうなんだ。


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