年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。

老舗旅館のお嬢様として生まれ育った母は、その言葉を疑いもせずに信じ込み、時には精神を病みながら、それでもいつかは…と馬鹿みたいにあの男を信じ続けている。


だから、あの男が自分の利益の為だけに設けた見合いの席に、嘘を吐いてまで俺を誘った。
ほぼ年に一回きりの父親との会食だから…と願い、あの場所へと連れて行った___。




(本当に腐った野郎だ)


苦々しい気持ちが湧いてきて唇を噛む。
慌てて日本を出てきてしまったが、望美の方は大丈夫だろうか。


(今頃…心配しているだろうな)


出発前のオフィスでは、メーカーから取引中止のクレームが入ったと噂が広まり、随分と大騒ぎになっていた。
だが、実際は説明を求めるとだけ言われていて、細かい事をもう一度きちんと決め直してきて欲しいと頼まれただけだ。


(向こうに着いて用件が一段落したら、望美にも連絡しておくか)


仕事のことも勿論だが、あの女性についても説明をしておかないといけないだろう。

あの人とは年末に仕組まれた罠で出会い、それを考え出したのは全て、戸籍上の父だということを明かしておく必要もあると思う。

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