年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
「…実は、ずっと母さんとも話し合ってきたんだが、そろそろこの家を手放そうかと思っている」


落ち着いた声で言いだした父は母の方を見返して、なぁ…と声をかけた。


「そうなの。二人とももう自立した生活が送れる年頃になったし、この家に居る必要もないと思うのよ」


母は編み棒を手放してそう言い、私と郁は困惑した。


「えっ!?じゃあ俺達はどうすりゃいいのさ」

「そうよ。それに家を売って、そのお金はどうするの!?」


焦るように言い返し、二人のことを見つめる。
両親はそれを想定していたかのように目を配り合わせ、売却したお金は、全部借金の返済に充てようと思う…と説明した。


「家を売ってしまったら、私達は何処に住むの!?」


頭の中が混乱してきそうで、馬鹿も休み休み言って、と言いたくなる。
けれど、両親はお互い冷静で、私達の顔を見据えたままこう続けた。


「何も今すぐに売るってわけじゃないんだ。まだ売れる確証もないし、売っても安ければ意味がない。とにかく査定をして貰って、幾らくらいの値段で売れるのか、先ずはそれが優先なんだが」


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