散夏
「三日だよ」
突拍子もなく届いた声は、いつも通り甲高く無機質で至極曖昧だったのに、事の顛末をこれ以上にないほど言い当てていた。
「あと残り、三日」
頭を撫でるこの手を、杏子の小さな手が掴んだ。存在を確かめるようにぎゅうぎゅうと握るから、きゅっと指先を捕まえてやると子どもみたいにはしゃぐ。
それでいてどこか物憂げに首を傾げて伏せる睫毛に、十七で燻る大人になりきれない哀愁が乗っかっていた。
「うん」
「明日明後日土日だから、実質学校で会えんのは今日が最期かなぁ」
「だね。杏子は“ひぃ”んとこ行くの」
「それが絶賛喧嘩中でありまして」
「おまなにやってん」
「だってええぇ」
うぐ、ひぐ、ともちもちのほっぺたを震わせて泣きじゃくる姿は嘘泣き以外の他ならない。面倒になってチョップしてやったら満更でも無さげに涙の跡が見えた。嘘じゃなかった。この顔はたぶん、自分の知らないところで既に終わりを偲んで啼いていたに違いない。
頭を撫でてやったらやっぱり自分より遥かに大人な態度で、その目に諭されそうになった。
「あっきーとも、今日でばいばい」
「…うん」
「あっきーもちゃんとしな」
「ちゃんと?」
「茅野くん探してた」
机に突っ伏した童顔は名残惜しそうに指先で自分の毛先をつまんでくるりと絡めて、それから大人びた素ぶりで笑う。
『秋尾です、よろしくお願いします』
この存在が定時制高校の扉を叩いたとき、満場一致で全くもって歓迎なんてムードは無かった。
誰もが教卓の前に立った自分を見て期を知り、暗黙の了解で見て見ぬ振りをしていた現実を突き付けられ、腫れ物扱いをした。