嘘の続きは
プロローグ



25時
深夜のマンションの廊下に二つの靴音が響いている。

カツカツという私のハイヒールと、コツンコツンという革靴の音。

辿りついた玄関の前で立ち止まった私に「早く鍵を」とあの男が言う。

そんなこと、わかってる。
わかってるからせかさないで。

でもこのドアを開けてしまったらこのオトコは帰ってしまう。

このオトコとこうやって会うのも今日で終わり。だからもう少し・・・もう少しだけ一緒にいたいと私の中の女心が言っている。

なのにこのオトコは何もわかっていない。
もう会いたくないと思っていた私の気持ちを揺らしたのはこのオトコの方だというのに。



「早くしてください。”真紀さん”」

背後からかけられた容赦のない最後通牒のようなその言葉にぎゅっと唇を噛みしめた。

”真紀さん”
その一言に熱くなっていた気持ちがスッと冷えていった。

何やってるんだろう、バカな私。

「ーー真島さん、もうここまででいいですからどうぞお帰り下さい」

身体を玄関ドアに向けたまま背後にいる男に向かって顔を隠す大きなマスクの下から声を絞り出す。
どうかこのオトコが私のこの声の震えに気が付きませんように。

「いいえ。あなたが部屋に入るのを見届けるまでが私の仕事です。早く鍵を開けて中に入って下さい」

「ここまで来たらもう大丈夫だから。どうぞお帰り下さい」

私の拒絶の言葉にふうっと男が小さく息を吐く。

「そうですか」
とオトコから冷たい返事が聞こえたのだけど。

背を向けて帰ると思ったその男はいきなり私を押しのけると、自らの胸元から鍵を取り出し玄関ドアに差し込んでドアを大きく開けた。

私の拒絶を完全に無視したその強引な態度とここの鍵を持っていることにも驚いた。

ーーそうか、このオトコはここの鍵を、”真紀の部屋”の鍵を持っているのか。
私の知らない事実に胸が痛む。

「さあ、早く入って」

鋭い目つきで促されて私はわざと大きく息を吐いた。
もう無理。
何もかもこのオトコには敵わない。

開けられた扉の中に無言で入ると、センサーが働いて玄関ホールから廊下のライトが点いた。
条件反射でセキュリティの解除スイッチを押すと、背後に立つオトコからホッと息を吐いた気配がする。
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