月歌~GEKKA
第一章 運命の出会い
その声は、幼い私の心の琴線を鷲づかみしたかのように強烈に飛び込んで来た―――。
出会いはまだ小学生に上がる前の事。
両親の離婚問題で家がもめており、私は母方の親戚の家へと預けられた。
親戚の家には私より10歳年上の従姉妹がおり、当時高校生だった従姉妹のお姉さんに連れられて学校の文化祭に行った時だった。
広い体育館にはまばらな人達が立っていた。
「明日海ちゃんは危ないから、此処に居てね」
お姉ちゃんに言われて、父兄用の椅子に座らされる。
ステージでは、決して上手とは言い難い楽器の演奏とボーカル。
ドラムの叩き付けるような音やうるさいだけのギター音に思わず耳を塞いだ。
しばらくしてそのバンドの演奏が終わった頃、まばらだった体育館に続々と人が集まり始め、あっという間に体育館が人、人、人で埋め尽くされる。
目の前が人だかりになり、ステージが見えなくなる。
(何が起こるんだろう?)
幼いながらにその様子を黙って見ていると、ドラムを叩く音が鳴り始め、ギターやベースの音が鳴り始める。
(え?又、あのうるさい音?)
思わず身体を強ばらせた時、スティック音がリズムを叩くとギターやベース音が鳴り始める。
ただ違うのは、さっきのバンドより遙かに演奏が上手だった。
塞ぎ掛けた手を外した瞬間、綺麗な男性の歌声が耳に流れ込んで来た。
その声は、まるで春の雪解け水のように清らかで美しく、暗闇の中を照らす月光のように暖かい。
両親の事で凍り付いた私の心が、ゆっくりと溶かされていくような感覚に陥った。
私は無意識に立ち上がり、まるで夢遊病者のようにふらふらと歌声に近付こうと歩き出す。
しかし、会場整備の人に呼び止められ「ハッ」っと我に返った。
優しそうな爽やかイケメンお兄さんは私の頭を撫でて
「そんなに感動したの?」
そう呟いた。
言葉の意味が分からずに居ると、その人が差し出したハンカチで自分が泣いている事に初めて気が付いた。
【生徒会役員】という腕章をしたその人は、そっと私の手を取ると
「内緒だよ」
と言って、口元に人差し指を当てると「し~」っと言いながら歩き出した。
「?」
不思議に思って付いて行くと、恐らく控え室と書かれていたであろう部屋のドアをノックした。
「はい」
中から女性の声が聞こえて、ショートカットでスラリと背の高い眼鏡を掛けている女性が現れた。
「会長!」
私の手を引くその人を見て、女性が驚いたように声を上げると
「し~。内緒でこの子、連れて来たんだ」
そう言いながらその女性にウインクをした。
「え!誘拐ですか?」
呆れた顔をしたその女性に「会長」と呼ばれたその人は笑いながら
「そうそう、可愛いでしょう?…って違うよ!ブルムンの可愛いファンをお連れしたの」
爽やかイケメン会長さんの乗り突っ込みを見て笑っていると、会長さんは私をそっと前に出し
「お宅のダーリン様の小さなファンだよ」
そう切り出した。
すると眼鏡の女性は真っ赤な顔をして
「もう!その言い方、止めて下さいって言ってますよね!」
と会長を睨んだ後、眼鏡をかけた女性が私の高さまでしゃがんで笑顔を浮かべ
「一人で来たの?」
と質問した。
私は首を横に振りながら
「従姉妹のお姉ちゃんに連れて来てもらったの」
そう返事をした。
「ここで立ち話も何だから、中に入って」
眼鏡のお姉さんは優しい笑顔を浮かべ、私を中へと促した。
中に入ると、恐らくステージ終わりであろう男性が数名、上半身裸で首からタオルを下げて立っている。
どの人が誰かが全く分からず、しかも大人びた彼等に怯えていると
「あれ?誰?その子」
低い声の男の人がゆっくりと近付いて来た。
柔らかい雰囲気に合う、優しい風貌をしたこれまたカッコイイお兄さんが私の視線の高さにしゃがんで微笑んだ。
幼いながらに、イケメンの笑顔の破壊力に倒れそうになっていると
「お兄ちゃん達のファンだって」
眼鏡のお姉さんの言葉に、目の前のイケメンは一瞬驚いた顔をした後
「カケル!お前のファンだ。
相手してやれ!」
そう叫んだ。
すると部屋の奥から、まだあどけなさの残る少年という感じの可愛らしいお兄さんが現れる。
「ファンって…。俺だけのじゃないですよ」
唇を尖らせて呟いた声は、ステージから聞こえた声だった。
「あ…」
思わず感動して見上げていると
「ほら、お前のファンだろう?
俺らのファンなんて、見た目だけで選んでる奴ばっかりだからさ」
自嘲気味に呟いたその人に
「違います!確かに…歌声に惹かれました。
でも、皆さんの演奏はうるさくなかったです。あの…好きな音です」
今思えば…もっと上手く言えないかね?って思うけど、この時の私にはこれが精一杯の言葉だった。
すると、眼鏡のお姉さんに「お兄ちゃん」と呼ばれていたイケメンが破顔した顔で
「やべ、俺泣きそう」
と、言葉ではそう言ってたけど嬉しそうに笑った。
「マジ?お前、相変わらず涙もろいな~」
他の人達に茶化されていたけれど、仲の良いバンドなんだと見ていて幸せな気持ちになった。
「俺達さ、みんなイケメンじゃないか」
真剣な顔で「お兄ちゃん」と呼ばれていたイケメンが呟く。
…確かに、此処に居る人達はみんな、それぞれが個性の違う顔立ちの綺麗な人が集まっている。私が一人一人の顔を見ていると
「お前、自分でそれ言うか?」
ドラムのスティックらしき物を鞄にしまっている人が笑いながら突っ込んでいる。
「だからさ、顔だけのバンドって言われてて…どんなに練習したって、俺らの実力なんて認めてもらえなくて…」
その人の言葉に、冷やかしていたメンバーの顔が真顔になった。
「カケルが加入して、今度はカケルのお荷物バンドって言われて…」
彼の言葉に、カケルと呼ばれているボーカルの人が口を開きかけた。
「でも、素直な子供が認めてくれたんなら俺はそれで良いや」
そう言って笑った。
その笑顔は本当に綺麗で、私は思わず見とれていた。
するとその人は私を抱き上げ
「じゃあ、俺達の偉大なる真実のファン一号に素晴らしいプレゼントを差し上げよう」
そう言うと、彼の膝に私を座らせて
「タケ~、あれ取って」
と、恐らくベースであろう人に叫んだ。
「え?まさか…」
驚いているメンバーを無視して、ケースに入った白CDを私に差し出した。
「?」
不思議に思って見ていると
「これ、まだちゃんとミキシングしてないんだけど…、俺らのCD」
と言って、私の手にCDを握らせたのだ。
「俺らの演奏に、カケルの歌をのっけただけのCDなんだけど上げるよ」
そう言い出したのだ。
「え!でも私、お金無いし…」
戸惑う私に
「プレゼントだよ。ただ、これは絶対に他の人には聞かせないで。
まだ、きちんとした商品になってない物だからね。他の人達には、きちんとした形で聞いて欲しいから。これは、可愛いファンのきみだけに俺からのプレゼント」
と言ってくれたのだ。嬉しくて
「うん、約束する!絶対に誰にも聞かせない。それに、お兄さん達のCDが発売されたら、絶対に買いに行くからね!」
私はCDを抱き締めて叫んだ。
このCDはみんながサインを書いてくれて
『ふじま あすみちゃんへ』
と名前を書き、Blue moon と手書きで書かれた世界にたった一つだけのCDになった。
それは子供心にも、本当に嬉しかった。
でも…彼等はCDを出す事も無く、その後解散したと従妹のお姉ちゃんから聞く。
そして、私の持っているCDはこの世に出ることの無い幻のCDとなってしまった。
出会いはまだ小学生に上がる前の事。
両親の離婚問題で家がもめており、私は母方の親戚の家へと預けられた。
親戚の家には私より10歳年上の従姉妹がおり、当時高校生だった従姉妹のお姉さんに連れられて学校の文化祭に行った時だった。
広い体育館にはまばらな人達が立っていた。
「明日海ちゃんは危ないから、此処に居てね」
お姉ちゃんに言われて、父兄用の椅子に座らされる。
ステージでは、決して上手とは言い難い楽器の演奏とボーカル。
ドラムの叩き付けるような音やうるさいだけのギター音に思わず耳を塞いだ。
しばらくしてそのバンドの演奏が終わった頃、まばらだった体育館に続々と人が集まり始め、あっという間に体育館が人、人、人で埋め尽くされる。
目の前が人だかりになり、ステージが見えなくなる。
(何が起こるんだろう?)
幼いながらにその様子を黙って見ていると、ドラムを叩く音が鳴り始め、ギターやベースの音が鳴り始める。
(え?又、あのうるさい音?)
思わず身体を強ばらせた時、スティック音がリズムを叩くとギターやベース音が鳴り始める。
ただ違うのは、さっきのバンドより遙かに演奏が上手だった。
塞ぎ掛けた手を外した瞬間、綺麗な男性の歌声が耳に流れ込んで来た。
その声は、まるで春の雪解け水のように清らかで美しく、暗闇の中を照らす月光のように暖かい。
両親の事で凍り付いた私の心が、ゆっくりと溶かされていくような感覚に陥った。
私は無意識に立ち上がり、まるで夢遊病者のようにふらふらと歌声に近付こうと歩き出す。
しかし、会場整備の人に呼び止められ「ハッ」っと我に返った。
優しそうな爽やかイケメンお兄さんは私の頭を撫でて
「そんなに感動したの?」
そう呟いた。
言葉の意味が分からずに居ると、その人が差し出したハンカチで自分が泣いている事に初めて気が付いた。
【生徒会役員】という腕章をしたその人は、そっと私の手を取ると
「内緒だよ」
と言って、口元に人差し指を当てると「し~」っと言いながら歩き出した。
「?」
不思議に思って付いて行くと、恐らく控え室と書かれていたであろう部屋のドアをノックした。
「はい」
中から女性の声が聞こえて、ショートカットでスラリと背の高い眼鏡を掛けている女性が現れた。
「会長!」
私の手を引くその人を見て、女性が驚いたように声を上げると
「し~。内緒でこの子、連れて来たんだ」
そう言いながらその女性にウインクをした。
「え!誘拐ですか?」
呆れた顔をしたその女性に「会長」と呼ばれたその人は笑いながら
「そうそう、可愛いでしょう?…って違うよ!ブルムンの可愛いファンをお連れしたの」
爽やかイケメン会長さんの乗り突っ込みを見て笑っていると、会長さんは私をそっと前に出し
「お宅のダーリン様の小さなファンだよ」
そう切り出した。
すると眼鏡の女性は真っ赤な顔をして
「もう!その言い方、止めて下さいって言ってますよね!」
と会長を睨んだ後、眼鏡をかけた女性が私の高さまでしゃがんで笑顔を浮かべ
「一人で来たの?」
と質問した。
私は首を横に振りながら
「従姉妹のお姉ちゃんに連れて来てもらったの」
そう返事をした。
「ここで立ち話も何だから、中に入って」
眼鏡のお姉さんは優しい笑顔を浮かべ、私を中へと促した。
中に入ると、恐らくステージ終わりであろう男性が数名、上半身裸で首からタオルを下げて立っている。
どの人が誰かが全く分からず、しかも大人びた彼等に怯えていると
「あれ?誰?その子」
低い声の男の人がゆっくりと近付いて来た。
柔らかい雰囲気に合う、優しい風貌をしたこれまたカッコイイお兄さんが私の視線の高さにしゃがんで微笑んだ。
幼いながらに、イケメンの笑顔の破壊力に倒れそうになっていると
「お兄ちゃん達のファンだって」
眼鏡のお姉さんの言葉に、目の前のイケメンは一瞬驚いた顔をした後
「カケル!お前のファンだ。
相手してやれ!」
そう叫んだ。
すると部屋の奥から、まだあどけなさの残る少年という感じの可愛らしいお兄さんが現れる。
「ファンって…。俺だけのじゃないですよ」
唇を尖らせて呟いた声は、ステージから聞こえた声だった。
「あ…」
思わず感動して見上げていると
「ほら、お前のファンだろう?
俺らのファンなんて、見た目だけで選んでる奴ばっかりだからさ」
自嘲気味に呟いたその人に
「違います!確かに…歌声に惹かれました。
でも、皆さんの演奏はうるさくなかったです。あの…好きな音です」
今思えば…もっと上手く言えないかね?って思うけど、この時の私にはこれが精一杯の言葉だった。
すると、眼鏡のお姉さんに「お兄ちゃん」と呼ばれていたイケメンが破顔した顔で
「やべ、俺泣きそう」
と、言葉ではそう言ってたけど嬉しそうに笑った。
「マジ?お前、相変わらず涙もろいな~」
他の人達に茶化されていたけれど、仲の良いバンドなんだと見ていて幸せな気持ちになった。
「俺達さ、みんなイケメンじゃないか」
真剣な顔で「お兄ちゃん」と呼ばれていたイケメンが呟く。
…確かに、此処に居る人達はみんな、それぞれが個性の違う顔立ちの綺麗な人が集まっている。私が一人一人の顔を見ていると
「お前、自分でそれ言うか?」
ドラムのスティックらしき物を鞄にしまっている人が笑いながら突っ込んでいる。
「だからさ、顔だけのバンドって言われてて…どんなに練習したって、俺らの実力なんて認めてもらえなくて…」
その人の言葉に、冷やかしていたメンバーの顔が真顔になった。
「カケルが加入して、今度はカケルのお荷物バンドって言われて…」
彼の言葉に、カケルと呼ばれているボーカルの人が口を開きかけた。
「でも、素直な子供が認めてくれたんなら俺はそれで良いや」
そう言って笑った。
その笑顔は本当に綺麗で、私は思わず見とれていた。
するとその人は私を抱き上げ
「じゃあ、俺達の偉大なる真実のファン一号に素晴らしいプレゼントを差し上げよう」
そう言うと、彼の膝に私を座らせて
「タケ~、あれ取って」
と、恐らくベースであろう人に叫んだ。
「え?まさか…」
驚いているメンバーを無視して、ケースに入った白CDを私に差し出した。
「?」
不思議に思って見ていると
「これ、まだちゃんとミキシングしてないんだけど…、俺らのCD」
と言って、私の手にCDを握らせたのだ。
「俺らの演奏に、カケルの歌をのっけただけのCDなんだけど上げるよ」
そう言い出したのだ。
「え!でも私、お金無いし…」
戸惑う私に
「プレゼントだよ。ただ、これは絶対に他の人には聞かせないで。
まだ、きちんとした商品になってない物だからね。他の人達には、きちんとした形で聞いて欲しいから。これは、可愛いファンのきみだけに俺からのプレゼント」
と言ってくれたのだ。嬉しくて
「うん、約束する!絶対に誰にも聞かせない。それに、お兄さん達のCDが発売されたら、絶対に買いに行くからね!」
私はCDを抱き締めて叫んだ。
このCDはみんながサインを書いてくれて
『ふじま あすみちゃんへ』
と名前を書き、Blue moon と手書きで書かれた世界にたった一つだけのCDになった。
それは子供心にも、本当に嬉しかった。
でも…彼等はCDを出す事も無く、その後解散したと従妹のお姉ちゃんから聞く。
そして、私の持っているCDはこの世に出ることの無い幻のCDとなってしまった。
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