月歌~GEKKA
第六章 真実を知って…
森野さんがカケルさんだと確信してから、私はずっと避けて来たBluemoon解散の真実を調べ始めた。
ネットや新聞、週刊誌などを探して辿り着いたのは地元新聞の記事だった。
17年前の10月。
デビューが決まったBluemoonは地元のライブハウスでライブを行った。
当時の人気は物凄く、ライブハウスに人が入りきれない程だったらしい。
人気が上がると共にカケルさんの人気は物凄く、その日はファンの女の子がカケルさんの彼女だった『鈴原清香』さんに、カケルさんと別れるように詰め寄っているのをカケルさんが見つけ、助けようと声を掛けた瞬間、カケルさんのファンがカケルさんに気付いて興奮状態になりもみ合いになってしまったらしい。
そして揉み合うファンの波に押されて鈴原さんは車道に押し出されてしまい、丁度通りかかった大型トラックに引かれて亡くなってしまったと書いてあった。
そして…新聞には「Bluemoonのボーカル担当カケル(本名:森野翔太)」と本名まで明記されていた。
少年Aであるべき名前を、バンドをやってデビューが決まっているからと本名を明かされているのにもショックを受けた。
そして…色々と調べるうちに、カケルさんは目の前で恋人を失ったショックで音楽が聞こえない病気になり、歌が歌えなくなったらしい。
カケルさんが歌えなくなり、元々カケルさんの声で人気のあったBluemoonは解散したと記事に書いてあった。
( やっぱり…森野さんがカケルさんだったんだ……)
分かってはいたけど…名前を見て森野さんがカケルさんだったとはっきり分かりショックだった。
そして恋人を失ってから今まで、ずっと森野さんはその罪を背負って生きて来たんだ。
十七年…事故当時に赤ちゃんだった人が高校生になるほどの年月を、森野さんは一人で苦しんで生きていたんだと知った。
真実を知って以来、私も森野さんとどう接して良いのか分からなくなってしまう。
森野さんの瞳が誰も映さない理由が重すぎて、どう接して良いのか分からなくなってしまった。
森野さんが好きだという気持ちは変わらない。
でも、その気持ちを伝えたら…森野さんは拒絶するのだろうという事は容易に分かる。
好きだという気持ちを知る前の時のように、普通に怒ったり笑ったりしていた頃が遠い昔に感じられた。
身動きできない想いにもがいていると
「何かあった?」
杉野チーフが声を掛けてくれた。


「そっか…、やっぱり森野君だったんだ…」
 お店が終わり、私は杉野チーフに誘われてご飯を食べに来ている。
杉野チーフは私の話を黙って聞いてくれて、ぽつりとそう呟いた。
「何となくなんだけどね…柊さんのカケルさんだっけ?の話に対して森野君の毛嫌いの仕方が、知らない人の感じには思えなかったんだよね…」
杉野チーフがそう言うと同時に、食後のデザートで頼んだ期間限定のイチゴパフェが届く。
「ま、取り敢えず食べましょう!」
杉野チーフの笑顔につられて、私も自然と笑顔になった。
「ここね、この時期しかイチゴパフェが食べられないんだ~」
細身も割に良く食べる杉野チーフはパフェを食べながら
「…で、真実を知って森野君を嫌いになった?」
そう訊ねて来た。
私は口に入れたアイスを飲み込み、杉野チーフの顔を見た。
杉野チーフは黙って私を見詰めている。
私はこんがらがっている頭を整理させるように
「正直…やっぱりって気持ちと、別人で居て欲しかった気持ちでごちゃごちゃになってます」
そう答えて苦笑いした。
「ずっとカケルさんの歌は大好きで…。でも、正直顔とか忘れてたんです。
ほら、歌がメインで大好きだったから…。それで森野さんに出会って…。
最初は何て嫌な奴だって思っていました。でも…一緒に仕事をしているうちにどんどん惹かれて行って…。カケルさんに声が似てるとか、仕事人間だとか…そんな事はどうでも良くなってたんです」
考えながら話す私を、杉野チーフは黙って笑顔で見守ってくれている。
「でも…何故歌を唄えなくなったのかを知って…どうして良いか分からなくなったんです」
私の言葉に、杉野チーフは窓の外に視線を移すと
「私ね…好きな人が居るって前に話したよね?」
突然、そう切り出した。
私がポカンっとしていると
「自分が傷つくのが怖くて、相手が動くのを待ってたの。…そしたらね、後輩に取られちゃって…。自分の気持ちをあの時伝えていたら何かが変わっていたんじゃないかって、今更ながらに後悔ばかりしてるの」
そう続けた。
「私は先輩の過去に何があっても、全て受け止める覚悟はある。
柊さんは、森野君の過去を受け止める覚悟も無く調べたの?」
責める訳では無く、質問するように杉野チーフが尋ねる。
私は杉野チーフの言葉に首を横に振った。
「じゃあ、何でそんなにギクシャクしてる訳?」
優しい声と瞳が、ゆっくりと私の答えを待ってくれている。
「森野さんは…私が倒れた日、私があの日出会った女の子だと知ったんです。
そしたら、それ以来私を避けています。きっと、私を見るだけで思い出してしまうんだと思うんです。
その…過去の事とか色々と…。だから、私の気持ちは…今をやっと生き始めている森野さんの足かせになってるんじゃないかって…」
必死に絞り出した言葉に、杉野チーフはお店で出されたお茶のお湯呑に視線を落とすと
「そっか…。で、逃げるの?」
杉野チーフはポツリと言って私を真っ直ぐ見た。
「私ね…柊さんが来てからの森野君、結構好きだったんだ」
杉野チーフの言葉に目を見開く。
「あ、誤解しないでね。恋愛対象でって事じゃないわよ。
いつも無表情で、何を考えてるんだか分からない奴だったし…。
そのくせ、営業スマイルは完璧だし…」
ここまで言うと杉野チーフはお茶を一口、口に含んだ。
「ほ~んと、嫌な奴って思ってた。
だって、出会ってからしばらくは真面目に仕事しない本当に使えない奴だったわけよ。
それがある日から突然、真面目に仕事するようになったじゃない?
何を考えてるのか分からないし、いつも何処か不満そうな顔してるし…」
一つ一つ思い出すように話しながら、杉野チーフが笑顔で私を見た。
「でもね、柊さんが来てから表情が豊かになった」
杉野チーフの言葉に
「え?怒ってばっかりでしたよ」
と慌てて返すと
「柊さんが来る前までは、それさえ無かったの。
無関心…。木月さんと、本当に人間らしくなったって話してたんだから…」
フフフっと杉野チーフが笑って答えた。
「多分…森野君は柊さんに惹かれてるんだと思う」
私を見て呟いた杉野チーフの言葉に、私は首を横に振る。
「そんな…。だったら、あんなにあからさまに避けないです」
杉野チーフから視線を反らし呟く。
すると杉野チーフはニヤニヤ笑いながら
「避けてるね~」
そう呟くと
「まぁ、悩みなさい。結局、答えは自分しか出せないんだから」
そう言って、杉野チーフは微笑んだ。
なんか気になる言葉を残されて、私はモヤモヤした気持ちのまま杉野チーフと分れた。
ご飯を食べたお店まで杉野チーフの車で行ったので、杉野チーフに帰りも送ってもらったのだけど、
私は自宅では無くて、働いているお店で降ろしてもらった。
杉野チーフは家まで送ると言ってくれていたけど、少し頭を冷やしたかった。
お店の電気は消えていて、私が自宅へと歩き出した時に声が聞こえた気がした。
走って事務所の近くにある喫煙所に行くと、店長と森野さんが話をしていた。
雰囲気がただ事じゃなさそうで、私は何故かとっさに隠れてしまう。
店長と森野さんが真剣な顔で話しているので、立ち聞きしてしまうのも悪いと思ってその場から離れようとした瞬間
「…柊……」
と、私の名前を言われて足が止まる。
いけないと思いながらも耳をそばだてて会話に耳を傾けると
「せやったんか…、柊ちゃんがな…」
店長の言葉に森野さんが苦笑いを浮かべる。
「正直、今でも俺達のライブを勝手に録音したテープが出回ってるのは知ってたんです。
だから柊もそこから音源を入手した奴らだと思ってて…」
「それが、自分達を心から応援してくれてた子やって分かって動揺してんのか」
笑う店長に、森野さんがギロリと睨み付けてから
「まさかあの時の小さな女の子が…柊だと知って驚きました。しかも、今でも俺の唄を心の支えにしていると知ってどうして良いのか分からなくなって…」
そう呟いた。
「それで柊ちゃんを避けてんの?可哀想に…」
店長がウソ泣きしていると
「最近、あいつも俺を避けてるみたいで…」
そう続けた。
「自分が避けた癖に、柊ちゃんに避けられて落ち込んでんのか?」
吹き出した店長に
「俺も…あいつに避けられてこんなに気になるなんて思ってもみませんでしたよ。
でも…正直、少しホッとしてるのもあるんです。これで、俺がカケルだとバレなくて済むって…」
森野さんがポツリと呟いた。
「何で?ええやん、バレても」
不思議そうに尋ねる店長に
「あいつにとって、カケルっていう存在は心の支えなんです。
それが俺だなんて知ったら、あいつをガッカリさせてしまうと思うんです」
空を見上げて森野さんが呟いた。
「そうか?そんな事ないと思うねんけどな…」
店長はそう言うと、小さく微笑んだ。
「まぁ、悩んだらええんやないの?久し振りやろう?人に興味持ったんは」
店長の言葉に森野さんは口を開きかけて、悲しそうに微笑んだ。
「でも…あいつを好きになる事はありませんよ」
そう言い切った。
私はその言葉に絶望した。
私を好きになる事がない…
あんなにはっきり言われたら…もう…諦めなくちゃダメだよね。
そう自分に言い聞かせる。
そして、店長と森野さんの会話を最後まで聞かず、自分の部屋へと歩き出した。
歩きながら…ずっと涙が止まらなかった。
『俺があいつを好きになる事は無い』
はっきりと告げられた言葉。
どんなに好きでも…届かない思い。
きっと…出会った時にカケルさんだと分かって居たら、私はこんなに森野さんを好きにはならなかったと思う。
私にとってカケルさんは、光の中に居るべき存在であって身近な存在では無かった。
好きなのはあくまでも歌声で、それ以上に触れたいとは思わなかった…。
でも、森野さんには違う。
意地悪で怒りっぽくて…でも仕事には真面目で誰よりも一生懸命で…。
だから頑張れば頑張った分だけ認めてくれて…応援してくれた人。
そんな森野さんに惹かれた。
森野さんの『柊』って呼ぶ声が好きだった。
時折香るタバコの香りも、他の人のは嫌悪感しかなかったのに…森野さんの香りにドキリとするようになっていた。
大きな手も、広い背中も大きな腕も…全ては亡くなった彼女のモノ。
「う…うぅ…」
アパートに戻ってから、涙が後から後から溢れて来る。
何でこんなに好きなんだろう?
森野さんはずっと他界した彼女の影を抱えて生きている。
過去にがんじがらめになって、全てを諦めて生きていた。
何度も自分に言い聞かせるように呟いても、目を閉じると浮かぶのは森野さんの笑顔や困った顔。
真剣に商品を売台に並べている顔。
私に「頑張ったな」って微笑んでくれた顔が浮かぶ。
恋って…楽しいって思ってた。
こんなに苦しいなんて…知らなかった。
他界している相手に勝ち目が無いのも分かっている。
それでもこんなに好きなんて…。
出会わなければ良かった。
知らなければ良かった。
決して届かない想いに、私はただもがき苦しむ事しか出来ずにいた。
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