月歌~GEKKA
第七章 光のもとへ…
月日は無情に流れ、いつしか桜の舞う季節になっていた。
「え?」
 それは木月さんの提案だった。
「今月末が桜の見頃でしょう?丁度、お店も棚卸で早いじゃない?
夜桜見学に行きましょうよ!」
普段、決して何か企画を提案する人では無い木月さんの言葉に驚いていると
「良いですね!柊さんは何か予定ある?」
杉野チーフも声を躍らせて賛同している。
「いえ…特には…」
何やら盛り上がるお二人に返事をしていると、森野さんがストック置き場に戻って来た。
「あ、森野君も今週末の棚卸の後に桜見に行かない?」
杉野チーフが誘うと
「え?…あぁ…別に良いですけど…」
と返事をした。
私が森野さんが参加するのに驚いていると
「何、驚いた顔してんだよ」
森野さんが不愉快そうに私の顔を見る。
「え?森野さんが参加するの…意外で…」
そう答える私に
「え!森野君、毎年参加してるわよ?」
木月さんがそう叫んだ。
私が思わずびっくりしていると
「何だよ…悪いか?」
ムっとした顔で森野さんが私の額にデコピンして来た。
「痛!何するんですか!」
デコピンされた額を押えて叫ぶと
「お前が生意気な顔するからだよ」
森野さんはそう言うと、笑いながら杉野チーフへ視線を移して
「じゃあ、当日は例年通りに車出せば良いですか?」
そう言って、当日の打合せを始めた。
「森野さん…宴会とか嫌いなのに参加するんですね?」
思わず木月さんに尋ねると
「あ!そうか。柊さん、北公園の桜を知らないのよね。楽しみにしてて。
日本桜の百景に選ばれる程、綺麗な公園だから」
そう言いながら微笑むと
「確かに、初めて誘った時は森野君は乗り気じゃなくてね…。
でも、一度連れて行ったらそれ以来楽しみにしてるみたいよ」
と答えた。
「そんなに綺麗なんですね」
微笑んで答えた私に
「日本人で良かった~って思う位には綺麗よ」
木月さんが悪戯な笑顔を浮かべて笑う。
「当日、みんなでお弁当を作りましょうか?」
杉野チーフの提案に、私と木月さんが頷くと
「え?柊、作れんの?」
と、森野さんがあからさまに嫌な顔をする。
「し…失礼ですね!私だって料理位、作れますよ!」
反論した私に、森野さんは鼻先が着く位に顔を近付けて
「期待しないでおくわ」
そう言って笑っている。
(し…失礼な!覚えてなさいよ!)
私は森野さんをぎゃふんと言わせてやると固い決意をした。

 花見当日。
私は前日に下準備を済ませ、棚卸の後に私の家で木月さんと杉野チーフとでお弁当作りをした。
( そう言えば…森野さんに手料理を初めて食べてもらうんだ…)
ハタと気付いて恥ずかしくなる。
恥ずかしさを隠してお弁当を詰めていると
「そろそろかな?」
そう言って杉野チーフが時計を見た。
すると我が家のチャイムが鳴る。
「お、さすが時間ぴったり」
そう言って杉野チーフがお弁当の入ったバックに手を伸ばした。
「あ、大丈夫ですよ。私が持ちますから」
そう言ってバックを持つと、中々の重さになっている。
(確か…店長と他の売り場の人も来るんだよね…)
そう思っていると、ドアが開いて森野さんが入って来た。
「用意出来ました?」
杉野チーフに声を掛けている。
「ありがとう。場所は?」
「山崎さんが先に行って取ってくれてるみたいです」
そう話しながら、私が手にしていた鞄をひょいっと森野さんが持った。
「何ぼさっとしてんだよ。ほら、行くぞ」
森野さんの言葉に胸が熱くなる。
たったこれだけの事なのに、何でこんなに嬉しいんだろう。
そんな事を考えている間に杉野チーフと木月さんが先に車へ向かって歩いているので、私も慌てて靴を履いて玄関の鍵を閉める。
鍵を閉めて振り向いた瞬間、森野さんがまだ私の後ろで待ってくれていた。
たったそれだけの事なのに、泣きたくなる程に嬉しい自分に苦笑いする。
そして車に到着して…私は固まった…。
木月さんと杉野チーフが当たり前のように後部座席に座っている。
私も後部座席のドアに手を掛けた瞬間
「アホ!お前はこっち」
そう言われて助手席のドアが開いた。
後部座席の二人がニヤニヤしてこっちを見てる…。
(やられた!)
気が付いた時は既に遅く、私は森野さんの隣の席に座る。
緊張し過ぎてシートベルトがはまらない。
「あれ?あれ?」
必死にベルトを止めようとしていると
「お前…どんだけ鈍臭いんだよ!」
森野さんはイライラした声で言うと
「貸せ!」
と私の手のシートベルトを掴もうと森野さんの手が触れた。
私はその瞬間、頭が真っ白になって手を放してしまう。
『ガシャン』
と、シートベルトが元の位置に戻る音が聞こえる。
「す…すみません!」
オロオロしていた瞬間、フワリと森野さんの香りが鼻に届く。
「ジッとしてろ!邪魔だ!」
半分、怒った声で森野さんが私側のシートベルトを取っている。
半身を乗り出してシートベルトを取ると、森野さんが私のシートベルトを装着した。
「…ったく、どんだけ鈍臭いんだよ、お前」
呆れた顔をされて私は俯く。
「ありがとうございます」
必死に絞り出した声が震えているのが分かる。
きっと…今の私の顔はゆでだこより真っ赤になってる筈だ。
誤魔化す為に
「窓、開けて良いですか?」
返事を待つ事無く、私は窓を全開に開ける。
車は公園へと向かって走り出した。
窓の外には真っ赤な夕日が空を染めている。
(多分、今の私の顔はこの夕日より赤い筈…)
そんな事を考えながら、ドキドキと高鳴る胸を必死に鎮めていた。
車で走る事20分。
小高い山の上が一面、眩しい程の白に驚く。
圧巻とはこの事なのだろう。
「綺麗…」
駐車場に着いて呟いた私に
「何言ってるのよ!此処なんてまだまだ。この先は本当に綺麗よ」
四方を囲む桜の花、花、花。
薄暗い空に、ライトアップされた桜が白く浮かぶ。
思わず口を開いて上を向いていると
「危ないよ!そんなに上向いてたら倒れるよ!」
杉野チーフの声が聞こえた時、既に遅し。
グラリと身体が後方へと傾く。
『倒れる!』
そう思った時、ガシっと身体を受け止められる。
「お前…さっきから何してんの?」
森野さんの呆れた顔が私を見下ろしている。
森野さんの腕が私の肩をおさえ、森野さんの胸に頭が支えられている状態になってしまう。
「す…すみません」
森野さんに支えられて身体を戻すと
「ほら、行くぞ」
そう言われて、森野さんが私の少し前を歩き始める。
公園は夜桜見学の人でにぎわっていた。
杉野チーフと木月さんは既に先を歩いていて、私は森野さんの背中に必死について歩く。
通りすがる女性が森野さんの顔を見て振り向く姿が目に入る。
普通に歩いているだけでも森野さんは人の目を引く。
私の少し前を歩く森野さんが遠く感じて切なくなる。
じわりと涙が込み上げて来た時、人込みに押されて森野さんからはぐれそうになってしまった。
必死に森野さんの背中を追い掛けようとした時、森野さんが振り向いた。
もみくちゃになっている私を見て森野さんは私の腕を掴んで引き寄せる。
「ちびっこは大変だな~」
嫌味では無く、恐らく本心から出たであろう言葉に
「ち…ちびっこって!これでも157㎝はありますよ!」
反論した私の手を森野さんが握る。
「嫌かもしれないけど、場所に着くまで我慢しろ」
そう言って歩き出した。
私の手を森野さんの大きな手が握っている。
森野さんの温もりに、心臓が破裂するほどにドキドキと鳴り響く。
すれ違う女性の視線が森野さんの次に私に注がれる。
羨望の眼差しに胸が痛む。
時間にしたら15分位だと思う。
やっと集合場所に近付いた時、ゆっくりと森野さんの手が私の手から離れた。
急に自由になった右手が寂しく感じてしまう。
「おお!やっと来た。柊さん、森野君。こっちこっち」
山崎さんと店長が手を振る。
かなり上り坂を上ったと思っていたが、山の中腹に広い庭園を見渡せる広間があった。
そこから見える桜並木は圧巻だった。
「凄い…。」
思わず呟いた私に
「ね、綺麗でしょう?」
木月さんが微笑んで隣に座るように手招きしている。
木月さんに促されて座った場所からは、山の高さごとに咲き乱れる桜の花が一望出来た。
ソメイヨシノだけでは無いらしく、ピンクの濃い桜や桃の花も咲いている。
桜だけでは無く、様々な花々に心が奪われていると
「良く、こんな良い場所が取れましたね」
森野さんが驚いた顔で山崎さんに話している。
「なにせ、特別隊を派遣してたからね!」
とふんぞり返る山崎さんに
「何言ってるのよ!木月さんのお子さんが昼間に此処で花見してて、そのまま譲ってもらったんでしょう!」
と杉野チーフの突っ込みが入った。
「毎年、ありがとうございます」
森野さんが小さく微笑むと木月さんに軽く頭を下げる。
「お礼なんていらないわよ!私も毎年、みんなで此処の桜を見るのが楽しみなんだから」
木月さんはそう言いながらお弁当を広げた。
「毎年、ありがとうございます」
山崎さんや他の売り場の菊池さん達が笑顔でお礼を言っている。
みんな桜を見ながら
「日本人で良かったよな~」
なんて口々に言いながら桜を見ていた。
普段は無表情の森野さんも、なにやら楽しそうにしている。
ただ…さすがに4月とは言え、夜になると冷え込んでくる。
私は上着を着ていたけど、下からの冷え込みにトイレに行きたくなった。
「すみません、ちょっとトイレに行ってきますね」
木月さんにこっそり告げて、私は山を登り切った所にあるお手洗いへと向かう。
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