Contract marriage ―契約結婚

書庫室から、出…廊下を走り出していた悠夏…

誰か…と、すれ違った瞬間に、腕を掴まれた…


「悠夏さま、どうしたのですか？」

その腕を掴んだ…声の主は…

悠夏は、呼吸を整えながら…その人を見上げ…

少し、ほっとしたような表情をしてみせた…

吉澤は、悠夏の様子に、何かあったのだ…と、悟った…

「吉澤さん…っ」

吉澤は、悠夏の瞳に浮かぶ涙に瞬時に気が付き…

「どうか…したのですか？ 何かっ？」

吉澤に心配をかけまいと、慌てて涙を拭い…

「さっき、書庫で紘一さんと吉澤さんの小さな頃の写真を見つけて…。それを…」

「っ悠夏…っ！」

何があったのか…言いかけた悠夏を、制止する声が2人の耳に届いた…

その声の主の方を振り返った悠夏と吉澤…

「紘一さん…」

動揺している悠夏…を目の当たりにし…血の気が引いていくような表情をしている悠夏…

「紘一さま、悠夏さまの顔色が…」

それまで…、自分の口から説明しようと悠夏のことを追いかけて来たが…吉澤が近くにいることで、紘一の神経を逆撫でさせていた…

悠夏の腕を掴んだ紘一…

「お前に言ってない！」

吉澤に、一喝した紘一…

「話がある…。部屋に戻れ…」

悠夏の腕を掴み…先ほどの書庫室へと連れていく…

が、先ほど悠夏と言い争いをした時より顔色が悪い紘一…

「紘一さん、どうかしたの？」
《何か…、顔色悪い…？ 》

ドアを、勢いよく閉め…悠夏の身体をそのドアに押し付けた…

悠夏は、荒い息遣いをしながら…、何とか呼吸を整えながら…

悠夏の両肩を掴み、唇を塞ごうとする紘一…、悠夏に無理やり口付けをしようとした瞬間…

「…勝手に、アルバムを見てしまったのは謝ります。
でも、だからといって…怒るのは違うと思います
私は、あなたのことを理解したいの。知りたい…と、思うのは普通のことじゃないの？ 夫婦として…
でも、あなたは…何も教えてはくれないから…っ」

寸で…のところで、口付けをするのを止め…踵を返し、締め切ったままの窓際に行き…窓の外を眺めた紘一は、大きくため息をついた…

「俺は、結婚したからと言って…全てをさらけ出すことは、出来ないし…それが正しいとは思わない」

「……っ」
《…分かっていた…。

この人の心は、誰も…入ることは出来ないってことくらい…

それでも…、最近になって…打ち解けてきてくれている…と、思っていたのに…》

2人で、好きな本や、映画の話をしている時は…心を通わせている…と、思っていた…

全て、偽り…だと思えてきたことに…



「…私は、紘一さんが望むような…人には、なれません…っ」

吉澤との関係を、話そう…と、思っていた自分の思いを打ち砕く…かのような悠夏の言葉に…

紘一は、その手を離し…顔を背ける…

「私は、あなたを理解したいと…。それは、過去を詮索するのとは違うと…」

「いいよ、別れても。。」

紘一の耳を疑うような言葉に、悠夏は、聞き返した…

「元々…、お前の父親の会社に融資をするための結婚だ。お前も、望んで…結婚したワケじゃない。
俺が、ムリをして…結婚させたに過ぎない」

「本気で、言ってるんですか？」

紘一は、悠夏の方に視線を向け…

「本気だ。もういい…。融資は慰謝料代わりに続けるから。
それでいいだろ…？」

冷たく…突き放すような言葉に、何故か涙が溢れ出した…