Contract marriage ―契約結婚

大きく息を吐いた紘一の口から…

「今の段階では、分からないが…
子ども…、妊娠してたんだな」

その、紘一の言葉に、ここ数日の体調不良の理由が分かった…

「…っえ？ 赤ちゃん？」

紘一の言葉に、結婚してから…数ヶ月…

確かに、生活が一変し、毎月来るはずのものがなかった…ことに気がついた…

でも、それは、ストレスや精神的なモノが影響している…と、思っていた…


悠夏は、そっと自分のお腹に手を当てる…不思議な感覚がした…

「あ…、私、気づかなくて…。本当に？」
《赤ちゃん…！

私のお腹に、赤ちゃんが出来ていたなんて…》


一瞬にして、笑顔を見せた悠夏だった…が…

紘一の顔つきは、先ほどと変わらず心做しか暗い感じに受け取れた…

その表情に、悠夏も気がつき…

「紘一さん、あの…っ」
《紘一さんは、赤ちゃん、要らないの？》

…と、思い立った時…

「まだ、分からないけど…心音が聞こえないらしい。」

その言葉に、目の前のモノが崩れていくような感覚がした…

「…だから、明日、病院に行って…診察と、最悪な場合、手術を…」

紘一の言葉に、ようやく…感情が動き出した…

悠夏の瞳から、涙がつたい落ちる…

「私が…、ちゃんと…してなかったから…」

うわ言のように…そう、呟いた…

「そうじゃない。」

…と、それだけ言うと、紘一は寝室を出ていこうと部屋のドアまで向かう…

「紘一さま！」

部屋から出ていこうとする紘一に、吉澤は呼び止め…

「側についていてあげてください」

吉澤の言葉にも、振り返りもせず…

「お前がついててやって。
俺は、悠夏の気持ちに寄り添うことなど出来ない」

そぅ、言い残し…出て行った紘一…


吉澤は、泣き出してしまった悠夏の肩を抱きしめた…

悠夏は、吉澤の胸の中で泣き出してしまっていた…


その日、吉澤は悠夏が眠りにつくまで側に付き添い…、眠りについた…

「紘一さんは、赤ちゃん、望んでなかったのでしょうか？」
《私は、こうなってしまって…

紘一さんのことばかり…考えてる…


側にいて欲しい人は、あの人なのに…

あの人は、側にいてくれない…

そんな人なのに…》



紘一は、屋敷に併設されている薔薇園に来ていた…

母の沙也加が、生前より慈しんでいた…

父親の佑一朗は、沙也加を思い出す…と、足を運ばない…。悠夏には、この庭園の意味すら伝えていない…

その庭園から出ると…冷たい雨が降り始めていた…

その雨空を見上げる…


急…に、咳き込み…何回か咳を繰り返した…