空をつかむ~あなたがどこまでも愛しくて
「どうして話したくないの?」

「申し訳ないけれど、私、あなたみたいに初対面で距離感の近い人ってとりわけ苦手なの」

彼は大きく息を吐くとニヤッと笑いながら前髪を掻き上げた。

少し茶色がかった長めの前髪はとても柔らかく彼の細くて長い指の間をすり抜ける。

一瞬その指に目が奪われそうになって慌てて顔を背けた。

せっかく朝の静かな動物園で一人静かにスケッチに耽ろうと思っていたのに、この得体の知れない彼のせいで随分無駄な時間を過ごしてしまっている。

早くあきらめてどこかへ行ってくれないかしら。

この人がここにいる限り絵は描けない、っていうか描きたくない。

私の描く絵は誰かに見せるものじゃなく、自分自身のために描いてる絵だから・・・・・・。

「さっきちらっと見えた君の絵、描写がとてもきれいだった。俺は君っていうよりむしろその絵に興味がわいたんだけど距離感が近いのが嫌ならベンチに座るのはあきらめるよ」

彼はそう言うとベンチからすくっと立ち上がり、その下に広がるクスノキの根に腰を下ろした。

あんな一瞬だったのに私の絵、彼に見られてたんだ。胸の内を覗かれたような気持ちになって抱えたスケッチブックをぎゅっと握り締める。

だけど、私じゃなくて絵に興味がわいただなんて、なんだかそれも複雑な気持ち。

彼は肩にかけていた小さめのリュックからスケッチブックとペンを出すと、ゾウに視線を向けさらさらと描き始めた。

ゾウを見つめる彼の目は、さっきまでの柔和な印象は消え一瞬で一点に集中した鋭く男っぽい眼差しに変わっていた。

彼もゾウを描きに来たの?


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