総長さんが甘やかしてくる③


「幻さん。そいつ、マジ運転うまいっす。あのタイミングで俺をよけて、お互い軽い怪我で済むなんて。正直、命はないと思ったのに」

「そうか」


その男が、最近チーム内でウワサになっていた、バイクを巧みに乗り回す男だと判明した。


「今、幻……と言ったか。ひょっとして、黒梦の幻か?」

「俺のことを知っているのか」

「知らねーよ。噂でしか。だが……やはり噂というのはあてにならないらしいな」

「期待はずれか?」

「逆だ。君のような頭なら。ついてくる者もいるだろう」

「そりゃどうも」

「どうか、俺にここを走ることを許可して欲しい。迷惑はかけない」


縄張りなんて、ない。

無所属なら、尚更、好きに走ればいい。


そう俺は考えていた。
そう言ってやる選択肢もあった。


ただ、このときの俺は。


「勝負しろ」

「……なんだと?」

「勝てたらその願い、聞き入れてやるよ」


目の前の男と、関わりたくなっていた。


チームをこえて他人と関わることを恐れていたのに。


そいつに、一歩踏み込んだ。


どういうわけか、踏み込まずには、いられなかった。
< 138 / 272 >

この作品をシェア

pagetop