溺愛彼氏
「もう一度聞かせて」
リビングでまったりファッション雑誌を読んでいればローテーブルの上でスマホが鳴った。
私の隣。ソファでコーヒーを飲みながら本を読んでいるもみじくんがその音につられるようにこちらを見る。
「あんず、鳴ってるよ」
「うん」
画面を見ればタイミングの悪いことに楓くんからで。
別にやましいことなんかなにひとつない。多分仕事の話だと思う。けれど、もみじくんの前で出るのはなんとなく気が引ける。
「もみじくん、私ちょっと電話してきます」
「なんで、ここでしたらいいよ」
「いや、でも仕事の話だから」
と、ソファに沈んだ体を持ち上げようとすれば、虚しくも私の腰はもみじくんに捕まり再びソファに体を沈めた。
彼の力に私が敵うはずもなく。
仕方なく後ろからもみじくんに抱きしめられた状態のまま通話ボタンを押す。
「はい、瀧です」
《あ、瀧さんすみませんお休みのところ》
「どうしたんですか?」
《この前お願いしていた会議の資料って僕貰いましたっけ?》
その言葉にハッとして盛大にため息を溢す。
「……すみません、渡すの忘れてました」
《あぁ、よかったです。てっきり僕が無くしてしまったのかと思って焦りました》
「本当にすみません」
《あの、資料って今もらえたりしますか?》
「え、いまですか……」
“いま”という言葉に反応したお腹に回ったもみじくんの腕にぎゅっと力がこもったのが分かった。
「楓くん、すみません。明日の朝一で会社に持って行くでもいいですか?」
《え、あぁもしかして、いま旦那さんと一緒でした?》
「はい、本当にすみません。大好きな人と一緒なので」
《いいえ、こちらこそお休みのところ電話してしまってすみませんでした。では、明日会社で》
「はい、失礼致します」
電話を切ると「ねぇ」というもみじくんの少し笑みを含んだ声に捕まった。
「なんの話してたの?」
「……会議の資料渡すの忘れてて。その電話でした」
「ふーん」
「……あの、もみじくん」
「なんですか?」
「そろそろこの腕を解いてはくれませんか?苦しい……です」
「嫌です」
なんてことでしょう。私は、いまここで殺されるのかもしれないと思っていれば、ぎゅっと抱きついてきたもみじくんが、すりすりと私の背中に顔を寄せてくる。
なんでしょうか、この愛おしい小動物のような生き物は。
「さっきの、もういっかい言ってよ」
「どれ、ですか……?」
「あんずは、いま誰と一緒にいるんですか?」
「え、もみじくんです……」
「さっきはそんな言い方してなかった」
そう言われて、さっき自分が言った言葉を思い出してカァッと顔が熱くなった。
「あの、」
「うん」
「……大好きな人と、一緒にいます」