溺愛彼氏
「君以外興味ありません」
「ねぇ、ロビーのところにめちゃくちゃかっこいい人いた!」
「え、取引先の人?私も見たい!」
「いや分からないけど、グレーのスーツ着た黒髪の長身イケメンだった!」
すれ違った女の子たちの会話を耳にして、自分のスマホを見つめる。
絶対、もみじくんだよね。なんて思って彼がいるであろうロビーに続くエスカレーターを降りて行けばなにやら女子の人だかりが。
嫌な予感がする。
「あの、誰かと待ち合わせですか?」
「よかったら案内しましょうか?」
「お名前お伺いしてもよろしいですか?」
質問攻めにあっている渦中の人物は、グレーのスーツに身を包み眉根に皺を寄せているもみじくん。
あんなに女の子に囲まれてまったく困った彼氏である。
「もみじくん」
エスカレーターを降り、名前を呼べば響いたそれに彼の視線がこちらに向いた。
と、同時にもみじくんに群がっていた視線も一緒にこちらを向く。
「え、杏知り合いなの?」
「もみじって名前なんですか?」
「え、お仕事は?」
「彼女います?」
「え、杏、紹介して!
なにやら興奮気味の彼女たち。どうやら私がイケメンの知り合いというところに、わくわくを抑えきれなくなってしまっているようで。
スタスタと、足を進めてその群れに近づけばキラキラとした瞳をいくつも向けられ思わず後退りしそうになる。
みんな眩しすぎるよ。
「遅いです」
「……すみません」
と、もみじくんの言葉でキャッキャと騒いでいた女の子たちが一瞬で静かになった。私に向けられたもみじくんの言葉に「なに?」という表情を隠しきれないようで。
「あの、杏とはどのようなご関係で?」
ひとりのその質問にもみじくんはゆるりと口元を緩めた。
え?
すると突然手首を引かれ、もみじくんの腕の中に捕まる。
一瞬の出来事に私の頭もみんなの頭も上手くついていけておらず。数秒の間のあと、ロビーに響いた「キャーッ」という黄色い悲鳴。
もみじくんはそんなこと気にもせず、にっこり微笑みながら「ああそうだ」なんてなにかを思い出したように唇を開いた。
「さきほどの皆さんの質問に答えさせていただきますね」
「え、もみじ…くん?」
なにを言うつもりなんだろう……。
じろりと、捕まった腕の中で彼の顔を盗み見ればなんだかとっても楽しそうな表情。
私の今後を考えて彼女たちをあまり刺激しないでいただきたいのだけれど……。
「僕はここで、あんずと待ち合わせをしていました。この会社の取引先ではないので案内は結構です」
質問にひとつ、ひとつ答えるもみじくん。
「名前は、瀧 紅葉と申します。仕事は、俗に言う商社マンです。彼女持ちです」
ちらりと、もみじくんと目があった。
「あんずとは皆さんがもうお気づきな関係です」
伏せてはいるけども、伏せきれていないその言葉。
「皆さんを紹介されても僕、彼女以外に興味ないので、皆さんのなにやらダダ漏れな期待にお応えす出来ず申し訳御座いません」
カァッと顔が熱くなる。この距離で、みんなの前で、彼は私を殺すつもりだろうか。どきどきが早くなって息苦しい。
ぎゅっと抱きしめられる力が強くなる。みんなの熱い視線があまりにも集中し過ぎてこのままでは射抜かれてしまいそうだ。
恥ずかしい。
もみじくんはそれだけ言うと「では失礼します」と私の手を取り歩き出した。
会社を出てさきほどの視線たちから解放される。
彼の背中を追って、ぎゅっと握られた手を私も握り返した。
「もみじ、くん」
「なに?」
「私、明日会社行くの憂鬱ですよ」
「いいじゃん、僕の彼女ですがなにか?って顔しておけば」
「……無理だよ」
「ごめん」
「ねぇ、じゃあごめんて思うならさっきのもういっかい言ってください」