彼の毒は蜜色の雨のように甘い
彼の毒は蜜色の雨のように甘い
ドクン、ドクン。
体の内側から飛び出してしまいそうな鼓動が、吐く息を荒くさせる。
絡まった指が緊張で冷たい。
その温度を隠そうと手に力を込めると、さらに腕の中の存在が強調され、口に溜まった少量の唾液を飲み込んだ。
体勢を変えようと僅かに体を動かすと、俺が覆いかぶさった先輩の華奢な体がビクリと震える。
そのせいでシーツが擦れる音がして、なんとか宥めていた理性が煽られてしまった。
俺は今、自分の部屋のベッドに、一つ年上の愛しい彼女である、李緒(りお)先輩を押し倒してる。
待ちに待った瞬間の先輩は、想像の何倍、いや何百倍も破壊力に満ちていた。
雨宿りを目的として家に呼んだから、今ここにいるのは風呂上がりの先輩。
サイズの合わないTシャツから覗く、温まってしっとりとした肌からは、ふわりと石鹸の香りが漂い、柔らかく俺を誘う。
羞恥からか薄暗闇の中でもわかるほど紅潮した頬と、逸らしたそうに揺れる瞳。
絡まった指の細さは知っていたはずなのに。
抱きしめた体の小ささも知っていたはずなのに。
そこにいたのは、俺のまだ知らない先輩だった。
ゾクゾクッ、と興奮で背筋に震えが走る。
めちゃくちゃにしたい劣情。
誰にも見せたくないという独占欲。
だけど優しく甘やかしたい。
酷く傷つけて泣かせてしまいたい。
泣かせたくない。
溢れそうな感情が混ざり合い、打ち消しあって。
そして、彼女ともっと深く繋がりたい、という欲望だけが残った。
「・・・樹(いつき)?」
先輩が探るように俺の名前を呼ぶ。
怯えた顔の彼女の瞳には、欲情しきった獣のような、狂った笑みを浮かべる俺が映っていた。
「ちょっと、いつ・・・んぅ!」
先輩の言葉を遮り、唇を重ねる。
柔らかいそれに、脳が甘く痺れるような感覚。
でも足りない。
もっと。
欲望に突き動かされて、薄く開いた口の隙間に舌を割り込ませ唾液を絡めた。
それは、いつになく強引で激しいキス。
好き勝手口内を暴れる動きに、先輩はついて来れていない。
主導権は完全に俺のもので、この先も渡すつもりはなかった。
「・・・・っ!・・・ぁ。・・・ぅ。」
時折上がる声さえ奪うように、さらに深く唇を押し付ける。
上顎を舌先でなぞる度、先輩が空いている手で俺のシャツを握りしめ声を必死に押し殺していた。
ああ、本当にこの人は。
俺を煽る天才だ。
どれだけ舌を絡めても足りなくて、際限なく求める。
深く、強く。
あなたを知りたい。
どれくらいの間、そうしていただろう。
ようやく妥協できるほどキスをして、ゆっくり唇を離した。
その名残惜しさを示すように、俺と先輩の唇の間に唾液の糸が引かれる。
銀色の糸はきらきらと光っていて、やがてプツリと切れた。
「はっ・・・。すみません、先輩。がっつきました。・・・っ!?」
息を軽く整えてから、先輩の顔を見ようと視線を上げて、すぐさま後悔する。
唾液で艶やかに濡れた唇から吐き出される、荒い息。
赤く染まった頬。
蜂蜜のようにドロリと蕩けた瞳に張る、キラキラした水滴。
俺の下でぐったりとした先輩は、酷く煽情的だった。
そんな顔、襲ってください、って言ってるようなものだ。
きっともう、止まれない。
「先輩。」
「あ・・・え?なに・・・?」
まだ頭がぼんやりとしているのか、舌足らずな口調で話す彼女。
潤んだ瞳が俺を捉えて、そこには全く余裕のない俺が映ってるのだろう。息を鋭く吸う音が聞こえた。
「ごめん、限界だ。あなたを抱く。」
はっきり告げた言葉に、先輩は目を見開く。
初めて敬語を使わなかった俺の、その心情を理解してくれたのだと思う。
強張った体から、徐々に力が抜けていくのがわかった。
そして彼女は、優しく俺を甘やかす。
「いいよ。」
何のためらいもなく、微笑みさえ浮かべて、俺をまた堕としていくんだ。
戻れないほどの、奥深くに。
「あ、待って。」
もう一度キスしようとしたところで、何かに気づいたように先輩が言った。
驚いて動きを止めた俺を、彼女は真っ直ぐに見つめる。
いつだって凛とした意思の瞳の奥にあるのは、やはり綺麗な光だ。
不意に、先輩が片手を伸ばして俺の頬に触れた。興奮で火照った肌に、冷たい指先が気持ちいい。
慈しむように何度かそこを撫でた先輩は、密やかに、やや掠れた声で俺に告げた。
「・・・名前で、呼んで。」
この状況で、まさか更に煽られるとは夢にも思わない。
頼みを無視して、すぐさまがっつきたい衝動をなんとか堪える。正直そろそろ本気で限界なんだが。
でも、俺はその名を呼んでしまうんだろう。
「・・・好きだ、李緒。」
その時の先輩の顔は、きっと一生忘れない。
幸せが溢れたような、嬉しそうで綺麗な笑顔。
その顔に、頭の中で何かが切れる音がした。
抑えていた激情に流されるまま、また深く唇を押し付けてーーーーーー。
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