わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「こんなところで何を泣きべそかいてるんですか?お嬢様?」

顔を上げると、金色の瞳の少年が可笑しそうに覗き込んでいる。

「怖い夢でも見たの?それともおねしょでもした?」

「違うもん!」

まだグスグス泣きながら、反論する少女の頭にクスクス笑いながら白い手が伸びる。

「冗談だよ。大丈夫、一花。泣かないで」

温かくて優しい声が降ってくる。いつでもそうだった。まるで魔法使いみたいに金色の少年は現れた。

それから一花に付き合って遊んでくれるのだ。真夜中の子供だった時間。

そう、今思うとあの頃の榛瑠もまだ子供だったのに。まだ声変わり前くらいの……。

その時、一花はあることに気づいて呟いた。

「……どうしよう、私……」

私、声変わり前の彼の声を思い出せない……。

「一花さん!」

不意に名前を呼ばれて一花は物想いから引き戻された。

「お待たせしました」

須賀が透明傘を差して、目の前に立っていた。

「あ、ありがとう……」

一花は差し出された傘の中に入って歩き出した。傘は二人で一本だった。

「須賀くん、結構濡れてる。あ、まって、ハンカチ……」

「あ、いらないですよ、平気、平気」

そう言って須賀は濡れた頭を振る。茶色の髪が乱れる。やっぱりちょっと子犬みたい、と一花は笑いながら思う。

それから、あれ?と思う。今、なにかが胸をよぎった気がする。それを深く考える前に須賀が明るく言う。

「なんだか笑われてるし!」

「ごめん、ごめん。悪気はないわ」

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