わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「ほんとうかなあ」

須賀はそう言って一花の顔を覗き込んだ。一花がそのまま笑顔をむけると、次の瞬間、須賀の顔が間近にあった。

え?

そう思ったときには唇に柔らかいものの感触があった。でもそれは一瞬で気づくと一本の傘の下、二人で歩みを止めて向かい合っていた。

一花は驚いて声が出なかった。

「えっと……」須賀が困ったように言う。「あの、つい。……すみません」

そう言って頭を下げる。

「え、えっと、えーと、まあ。うんと、歩こっか」

一花はなんと言っていいか分からず、自分でも冴えないと思う言葉を返す。

須賀は「はい」と言って再び歩き出した。

しばらくの沈黙の後、須賀が言った。

「……やっぱ、一花さんって年上だよなあ。こんな時でも落ち着いてるし」

こんな時って、原因の人に言われてもと思いつつ一花は言う。

「いや、うろたえてるけど?うろたえてて、どうしていいか分からなくなってるだけで」

「ほんと?そう見えないっすよ」

「あなたが言ってどうするのよ、それ。なんなら怒ってもいいのよ?」

「あ、いやいや」須賀はいくぶん真面目な声で言う。「いえ、すみません、本当に。でも、あんまり、スルーされるのもちょっと辛くて、ごめんなさい」

しゅんとする須賀を見て一花は可笑しくなりつつ笑いをこらえた。代わりに、次は無しね、と言う。

「はい、次は同意をとってからにします」

「もう」

怒ったふりを一花はする。なんとなく二人で小さく笑う。

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