わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
でも、須賀の言う通りだと自分でも驚く。うろたえはしたけど、でも、だからってどうってことない。私、こんなんだっけ?

真剣なキスじゃないからってのもあるけど。

でも、まあ、だって、須賀くんだし。大っ嫌いっていう人ではないし、かといって好きな人でもないわけで。

程なく、駅に着いた。須賀が傘をたたむ。雨を避けて駆け込んできたパーカーを被った青年が彼にぶつかりそうになる。

あっぶねえなあ、と須賀が言う。一花は大丈夫?と聞きつつ、また、あれ?と思う。何かのイメージが心をよぎる。なんだろう?

改札を二人でくぐる。目の前を歩く須賀の後ろ姿を一花は見上げた。

髪がしっとり濡れている。やっぱり、結構濡れてない?風邪ひいたりしないといいけど……。大丈夫かなあ。

……あ……。

そこで、やっと一花はさっきから胸の奥を横切っているものを捕まえた。

そこそこ混んでいる人のざわめきの間を行く須賀の後ろを歩き続ける。

そうだ、雨の日。冷たい雨の日。今日よりもっと降っていて、その中に少年は立っていた。あれは、彼が高一くらいだったか。

屋敷のいつも使っている戸口の先に榛瑠は立っている。庭の木々が雨に濃い緑に濡れている。

私服の黒いパーカーを目元が見えないくらいまで深く被っていた。

金色の髪が雨で頬に張り付いていた。雨が服も肌もぐっしょりと濡らしていた。

表情はパーカーのせいではっきりわからない。一花は戸口の濡れないこちら側いて、驚いて、どうしたの?と聞いた時、榛瑠は穏やかな声で答えた。

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