わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
一花は踵を返した。

「一花さん⁈」

須賀が驚く。

「ごめんね、須賀くん。忘れ物思い出したから戻るね、今日はありがとう」

「え?ここから?ちょっと待って。あ、傘!」

須賀の声はちょうど入ってきた電車の音と続く人混みにかき消された。

一花は振り返らなかった。改札を出ると、雨の中を小走りで走る。ここからなら、榛瑠のマンションまでそうかからず行けるはずだ。

一花は濡れるのも気にせず走り続けた。自分でもびっくりするほど、どちらにいけばいいか迷うことはなかった。

会いたい。会いたかった。会いたくて、会いたくて、死にそうだ。

マンションが見えるほど近くに来た時、一花は電話をいれた。

「榛瑠?ねえ、今どこ?家にいる?」

「一花さん?今ちょうど帰ってきてまだ駐車場ですが……」

「よかった。今から行くから待ってて」

「今からって、今どちらにいるんですか?」

一花は足を止めて周りを見渡した。

「えっと、近くの横断歩道のそば。点滅信号の」

榛瑠がなにか言ったようだったが、それを聞かずに一花は電話を切った。小走りに横断歩道を渡る。

渡り切ったところで、ふと、一花は足を止めた。点滅信号の黄色い光が濡れた地面に光って見える。

さあっという細かい雨の降る音が、急に耳に入ってきた。

……私、何やってるんだろう。

呆然と一花は立ち尽くした。

何やってるんだろう。会いたいって何?なんの心配?
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