わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
彼女は泣き止まない。体を小さく震わせながら、「ごめんなさい」と言って泣き続けている。

泣き止んでくれ。泣き止んで欲しいのに。

僕の言葉では届かないのかもしれない。この人には、もう。

抱きしめている腕に力が入る。雨が降り続いていた。

……あの時感じた苛立ちはなんだったんだろう。

ある種の残忍さを彼女に向けないように、かなり意識的に自分をコントロールする必要が生じたほどだ。

結果的に、それが成功したかどうかも甚だ怪しい。

何かの衝動を内に抱えたまま、榛瑠は浴室から出て体を拭くとそのままリビングダイニングへ向かった。

キッチンで水を一杯飲むと、近くに無造作に置いてあった小さな箱に目をやる。アクセサリーを入れるためのものだ。

手に取ろうとしてすぐに止めた。

そのまま目を窓の外に向ける。陽はすっかり上り、冬の晴れた朝がはじまっていた。





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