わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
あわてて椅子の正面に回り込む。そこに横になっていたのは、金色の髪の人だった。

「榛瑠?」

小さい声で一花は名前を呼んだ。榛瑠は気づかないのか身動きもしない。

え?どうしてこんなところに?熱が下がったのかな?でも、こんな朝からどうして?

約束したから早く来てくれたのかな。

一花は心配になってそっと榛瑠の額に手をあてる。……大丈夫みたい。熱はさがったみたい、あつくない。

と、不意に榛瑠が目を開けた。

「榛瑠、おはよう。こんな時間からどうしたの?体調はどう?」

一花は答えをもらう代わりに両腕で抱きしめられた。強く、痛いくらいに。

「え?榛瑠?!どう……」

「ごめん」

え?

榛瑠が一花を抱きしめたまま、絞り出すような声で言った。

「ごめん。遅くなった」

一花は訳がわからなかった。遅くなったって、来るのがって事?それならそんなに……。

「ごめん。……ただいま」

ただいま、って。……あ……。

一花の目に涙が滲む。記憶が戻ってる?もしかして、思い出したの?

一花の体が小刻みに震える。

「……は……る?」

一花を抱きしめていた腕が緩む。

榛瑠は一花の涙をそっと指で拭うと、少し困ったような、でも優しい笑顔を浮かべた。

「ただいま戻りました、お嬢様」

「っ、おかえりなさいっ」

一花は榛瑠の首に腕を回して抱きしめた。

「一花」

優しい声とともに一花は再び力強い腕で抱きしめられた。










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