わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜

「あの……」

一花は戸惑いを含んだ榛瑠の声に、はっとして腕を解いて彼から離れた。

「ご、ごめんなさい。つい、あのっ」

一花は顔が赤くなるのを感じた。なんか、すごく恥ずかしい。

「こちらこそ、不用意に触れてしまって失礼しました」

そう言って、榛瑠は柔らかい笑みを見せた。

窓からの光が彼の金色の髪を、いや、微笑む彼自身を包んでぼんやりと光らせているようだった。

この人はこんなに柔らかく笑う人だっただろうか。

でも変わらずきれいだ。

そんなことを思う一花に、変わらない声で榛瑠は言った。

「それから、すみません」

「え?」

「謝っても仕方ないかもしれませんが、今回の事、申し訳なく思っています」

「えっと、大丈夫だから、うん。気にしないで」

二人とも黙った。会話が途切れる。それでも、やがて沈黙を破ったのは一花の方だった。

「全然だめ?ほんとうに何もかも、全部?」

「ええ、全部です」

榛瑠は真顔で一花の顔を見ながら言った。

「本当に、誰も彼も、自分もです。……すみません、あなたのことも全部、忘れてしまって」

一花は急に窓からの光が眩しく感じられて目を細めた。そういえば、榛瑠はいつもの甘い香りではなくて、消毒液の匂いがする。
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