わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「誰にですか?」

「あなた自身によ。忘れる前のあなた」

おかしなことを言ってるのはわかってる。でも、以前の榛瑠なら一花を泣かしたらきっと許さなかったろうから。

榛瑠は小さく声をだして笑った。馬鹿にしているように感じるのは気のせい?

「ねえ、一つだけでいいから本心を話して。一花ちゃんのこと覚えてないのはわかるから、今すぐあなたが彼女を好きになるのは無理かもしれないけど、でも、付き合ってたのは本当なのよ?それも真剣に。それを、どう感じているの?」

榛瑠はすぐには答えなかった。吹子は目をそらさず彼を見た。やがて榛瑠は少し首を傾けると吹子から視線を一花に移しながら話しだした。

「彼女がいい人だということはわかりますし、今も好意を寄せてくれていることも感じます。気を使ってくれていることもわかります。付き合っていたことももちろん承知しています」

「それで?」

彼はまた言葉を切ると今度は吹子を見た。吹子は視線をずらさず見つめ返す。この金色の瞳を見返すことができるようになるぐらいの社会勉強はしてきたわけだ、私、と思う。

と、次に彼が浮かべたのは皮肉っぽい笑顔だった。

「でも、わからないんですよね、正直。なんで、彼女なのか。いい人であるのはわかりますが、なぜ彼女? 何に魅力を感じたんでしょうか」

吹子は眉をひそめた。

「……あなた、何言ってるの?」

「本心を話せと言ったので、話したまでです」

吹子は机の上にあったグラスを手に取ると水を飲んだ。コップを戻すと、そこに窓からの日差しが透明な影を作った。

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