わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜

一花は助手席から運転中の榛瑠に話しかけた。

「ねえ、吹子様と何を話していたの?」

「特にはこれといって……。昔話です」

ああ、そうなんだ、と答えておく。どのくらいからが今の彼にとっては昔、なのだろうか。

「ところで、この後何か予定はありますか?」

「え?別に何もないけど?」

予期してなかった質問にちょっと慌てながら答えた。

「プリンを作ってみたんですよ。よかったら、食べにきませんか?」

「行きます!ありがとう」

一花は嬉しくなる。いつか言ってたこと、ちゃんと覚えていてくれたんだ。

そのまま、榛瑠のマンションに行く。玄関に入ると、ひどく懐かしい気がした。

前にここへきたのはいつが最後だったかな。

中の様子は家具の配置もなにもかも変わったところはなく、それでも始めて入るような顔をして一花は部屋の持ち主の後について歩いた。

リビングに通されて座って待っていると、ほどなくプリンと温かい紅茶が出てきた。

なんの飾りもない、素朴な薄い黄色のプリン。大好きな。一花は一瞬胸が詰まった。

「いただきます」

「どうぞ」

榛瑠は自分はオープンキッチンでコーヒーを入れている。会社のことやら差し障りのない話題を時々二人でする。微妙なよそよそしさの中、それでも、楽しい、と一花は思う。

食べ終わろうとするときに榛瑠に聞かれた。

「どうでしたか?」

「美味しかったわ。ありがとう」

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