わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「まあ、あなたのなかでは悪い思い出ではないのでしょうね」

「大切な想い出です」

何?なんかトゲがある。もしかして記憶をなくした彼を傷つけてしまったのかしら?

「忘れがたい思い出は、思い出すほどに自分の都合にあわせて変わるものですから。でも、印象が良かったのは本当なんでしょうね」

「何言ってるのかよくわからないけど、鮮明に覚えているわよ」

「それならそれでいいです」

榛瑠は変わらず微笑む。一花はまた彼を捉え損ねたような気分になった。

「ねえ、今も記録をとってるって言ったよね?どんなこと書いてるの?」

一花は気まずさを避けたくて、別の話題を切り出した。

「その日にあったことを書いています。会った人や、仕事や、考えたことや、全て」

「今日のことも書く?」

「書きますよ」

「さっきも言ったけど、やっぱり意外だわ」

「元々は、記録を取ることによって自分を俯瞰する等の意味があったのだと思いますが、今はちょっと違いますね」

「今はなに?」

「念のために、です。次に何かあった時のために」

一花は背中が急にひんやりとした。

「何かってなによ。そんなにいつも……」

そうよ、鬼塚さんだって言ってたけど。

「そんなにいつもトラブルが起こったりはしないわ」

「それはそうであって欲しいですが、トラブルというより……」

榛は言葉を切ると噛み砕くように言い直した。

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